奇跡のリンゴ:中村義洋監督に聞く 飽きっぽいから「何かをコツコツやり続ける人が好き」

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 阿部サダヲさん、菅野美穂さんが夫婦役を演じる映画「奇跡のリンゴ」が全国で公開中だ。今作は、愛する妻が農薬の影響で体調を崩したことから、無農薬栽培で甘くておいしいリンゴを作ることを思いたち、10年あまりの苦労の末に“奇跡のリンゴ”を生み出した実在のリンゴ農家・木村秋則さんと、彼を支えた家族の物語だ。秋則を阿部さんが、その妻・美栄子を菅野さんが演じている。「迷っていることがある人に見てほしい」と語る中村義洋監督に話を聞いた。

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 −−脚本を書く上でどんなことに配慮しましたか。

 最も注意したのは、木村さんの奥さん、美栄子さんのキャラクターです。吉田(実似)さんがお書きになった脚本に、僕がディテールを書き込む形で進めていったのですが、最初の段階の脚本では、ドラマ的要素として、木村さんにも奥さんにも、(成果がなかなか出ないことから)自分たちがやっていることに対する“迷い”が見えるようにしていました。でも、木村秋則さんご本人に話を聞いても、原作(石川拓治さんによるルポルタージュ「奇跡のリンゴ」)を読んでも、奥さんが全くブレていないことが分かったので、迷うのは秋則一人にしました。

 −−どんなに悲惨な状況を描きながらも、どこかクスりと笑えるのが、中村監督の持ち味ですね。

 深刻な状況をそのまま深刻に描く映画や小説はたくさんありますが、僕は嫌なんです。そこに何かを入れたい。よくいう悲劇と喜劇の紙一重の感じが好きなんです。だから今回の映画でも、(クスリと笑えて)人心地つけるエピソードを入れました。

 −−秋則と美栄子を演じているのが、阿部さんと菅野さんです。お2人は企画段階から決まっていたのですか。

 いいえ。企画から撮影まで約2年あり、その間に考えました。2人の名前はなかなか出てこなかった。いかんせん、十数年にもわたる話ですから。でも、阿部さんの名前が出てきたときに、「この人、絶対に元々1位だった」と思うくらいピッタリときました。

 −−阿部さんとは初めてのお仕事ですが、中村監督から見た阿部さんの魅力はどんなところですか。

 仕事をする前は「瞬発力」でした。僕の好きな俳優さんたちのグループに、確実に入っていた。阿部さんは、木村さんが体験した以上にしんどい役を演じている姿を、僕は見たことがなかった。だから、木村秋則という男が背負った苦渋の数年間を、阿部さんがどういう顔で演じるのかがすごく楽しみでした。それに、現在の木村さんご本人は非常に明るい方なので、その明るさや強さは絶対に必要だと思っていました。阿部さんはそれを持っている。本当にコメディーがうまい人なので、笑いもやってもらいつつ、そこから急激に落ちていくことで、ギャップが出せると思いました。

 −−菅野さんについてはいかがでしょう。

 菅野さんとも僕は初めての仕事でしたが、役への入り方は半端じゃなかった。彼女の芝居は、現場の流れで読めないことが多い。脚本のその部分を、こちらはそんなつもりで書いたんじゃないんだけどな、という芝居をするんです。もちろん、いい意味でですよ。

 −−具体的な場面を挙げていただけますか。

 秋則に離婚話をされたあとで、山崎(努)さん演じる父親とご飯を食べている場面。台本のせりふを言いながら、菅野さん、まだ食べるんですよ。あんな佳境の話になっちゃったら食べないものだとばかり思っていたけど、泣きながら食べて、かんでいるから、わっ、すごいと思いましたよ。多分、僕の考えよりも一段上を行っていて、美栄子の中に弱音をはいている場合じゃないという“芯”のようなものが残っていて、それが彼女に食べ続けさせたのだろうと僕は勝手に思っていました。

 −−今回は、撮影していてすべてが楽しかったそうですね。

 僕のこれまでの映画というのは、ラストの10分間くらいでどんでん返しがあって、その後にドラマが残るんですが、そのオチのために途中でいろんな伏線が張ってある。一つの芝居も、あとで見返すと違う意味になっていたり、いい人そうに見えた人が実はすごく悪い人だったり。ワンシーンで意味が二つ成立するような撮り方がすごく多かった。ところが今回はそれがない。“正直に”撮った。すると、計算する必要がないから、お芝居にすべてを注げる。それによって余裕ができるから、全部楽しめたわけです。それから、山崎さんや(秋則の母親役の)原田(美枝子)さんの達者なお芝居が見られたのも気持ちよかったです。

 −−「何があっても一つのことをあきらめない人の話が、自分にとってのライフワークかもしれない」と思っていたところでの今作だったとか。そこに至るまでの心境の変化をもたらす特別な出来事があったのですか。

 ないです(笑い)。それを考え始めたのも2、3年前なんです。いろいろ自分が好きなものを考えていて、「心の強さ」つまり、普通は投げ出してしまうようなことをコツコツやり続ける人の話が好きなことに気づいたんです。(中村監督が映画化した)「アヒルと鴨のコインロッカー」(07年)がよかったのは、コツコツ勉強を続けて日本語を習得したブータン人に心打たれたからだし、菊池寛さんの「恩讐の彼方に」も好きな作品だし。それもこれも、僕自身が飽きっぽいからなんです。

 −−でも、映画監督は飽きずにやっていらっしゃる。

 公開時期が決まっているから、先が見えるじゃないですか。そのぐらいの間ならモチベーションはもつんです(笑い)。そういう状況において、この「奇跡のリンゴ」と「アヒルと鴨のコインロッカー」は、たとえ映画化が難しくて途中で延期することになったとしても、モチベーションを維持できるという確信がありました。

 −−最後にメッセージをお願いします。

 何かに、もし迷っている人がいたら、見てほしいですね。この木村秋則という人に比べたら、自分の方が楽していると思ってもらえるはずです。あとは、実は(木村さんの)奥さんの方がすごいんじゃないかというのも、見てもらいたいですね (笑い)。

 <プロフィル>

 1970年生まれ、茨城県出身。成城大学在学中に8ミリで撮った短編「五月雨厨房」が「ぴあフィルムフェスティバル」で準グランプリを獲得。大学卒業後、崔洋一監督、伊丹十三監督、平山秀幸監督らの助監督を務め、99年自主映画「ローカルニュース」で監督デビュー。2007年、「アヒルと鴨のコインロッカー」の監督として注目され、08年、「チーム・バチスタの栄光」、「ジャージの二人」を手掛け、以降は大作から作家性の強い作品まで幅広く手がけている。ほかの作品に、「フィッシュストーリー」「ジェネラル・ルージュの凱旋」(09年)、「ゴールデンスランバー」「ちょんまげプリン」(10年)、「映画 怪物くん」(11年)、「ポテチ」(12年)、「みなさん、さようなら」(13年)がある。初めてはまったポップカルチャーは、堺正章さんが孫悟空に扮(ふん)したテレビドラマ「西遊記」(78~79年)。ちなみにマンガなら、小学校2、3年のときに読んだ「まことちゃん」。

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