ダンダダン
第8話「なんかモヤモヤするじゃんよ」
11月21日(木)放送分
アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のヒロイン・アスカの物まねで知られるお笑い芸人の桜 稲垣早希さん。「エヴァ」だけでなくさまざまなアニメやマンガ、ゲームが大好きという稲垣さんが、熱い思いを語ります。(毎月25日更新)
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今回は「べしゃり暮らし」です。主人公がお笑い芸人を目指すというものです。森田まさのりさんのマンガは「ろくでなしブルース」とか「ROOKIES」とかありますが、残念ながらスポーツとヤンキーからほど遠い私にはいまいち共感するって感じはなかったのです。でも、この「べしゃり暮らし」はもうやはりお笑いということで、それにたずさわっている私たちにとってはドキュメントマンガです。
なんせ、リアルです。吉本の劇場や楽屋がわんさか出てきます。マンガやドラマの聖地巡礼ツアーなど人気ですが、これはもうマンガに描かれているのですから、元々聖地でお仕事させてもらってるようなもんです^^
あらすじですが、自称「学園の爆笑王」の上妻圭右は人を笑わせるのが大好きで何事も笑いを優先に考えるお笑いバカです。彼が大阪からの転校生、辻本潤と出会います。この辻本はもともと「SHIZU−JUN」というコンビを組んでいたお笑い芸人でした。相方は女の子で、その子を女性として好きになってしまったという理由で解散して東京に越してきます。本場の大阪弁で、本物の芸人の突っ込みは、上妻を超えて周りから羨望(せんぼう)のまなざしで見られるようになります。それに納得いかない上妻はそれ以上に面白いことをしようと四苦八苦します。そうしているうちに2人の息が合い、本格的にコンビを組み、お笑い養成所に入ることになるのです。そこからはM−1に似た賞レースが出て来たりと、かなり現実とリンクして描かれています。
私も実際吉本の養成所に行っていました。しかし、養成所の中にはいろんなコースがあって、お笑いコースやタレントコースがあります。私はタレントコースの方でした。そうなんです。初め吉本に入ったときは一瞬もお笑いをしたい!という気持ちはなかったのです。
私が吉本の養成所に入ったのは21歳の時でした。それまで、高校1年生の16歳くらいから女優さんになりたいという夢があって、いろんな事務所を転々としていました。そこで吉本でもタレント養成があることを知って入ったのですが……、元々お笑いの事務所なだけあって、養成所を卒業したときにその時の担当者から、「稲垣! お笑いをしなさい! できなければ辞めなさい!」と、とんでもないことを言われたんです。え!? 募集しといてそりゃないよ! 私は親に「吉本を最後の事務所にするから、行かせて!!」って頭下げてきたのに、いまさらまた他の事務所に行くなんて考えられなかったので、その時泣きながら「じゃあよくわかりませんが、お笑い……、やってみます……」となり、お笑いを始めたのでした。
これは、初めからお笑い目指している人からしたら、きっと「そんなかんじで始めやがって!!」と腹立たしいことなのかと思うのですが、当時の私は、とにかく売れればいろんなお仕事をさせてもらえるようになるはず!! その中で女優さんの仕事だって!! 青木さやかさんみたいに出られるはず!! という何の保証もない目標だけを信じてやっていました。
関西人ですが、お笑いは新喜劇くらいしか見たことがなかった私は、劇場に通って先輩たちのネタを見たり、お笑いDVDを買ってきて、ネタをすべて紙に書き写し、漫才がどうやって作られるのか自己流で勉強しました。タレントコースでは演技やメークの仕方は教わりましたが、お笑いに関してはまったく学んでいなかったので、ちんぷんかんぷんでした。でも、そうやって周りについていこうと思っていました。
ですが、女芸人の中でも異質と言われ、当時も周りも私とどう接していいのか戸惑っていたみたいです。相方の女の子と「気にせず独自のネタをしよう……」とはげましあってたのですが、あまり周りと遊ぶこともなく完全に浮いた存在になってたと思います。でも、すべり続けていた日々でしたが、初めて、自分たちのネタでお客さんが笑ってくれた日があったんです。その快感はいまでも忘れられません! それまで、もやがかかっていたお笑いへの気持ちが一気に開けた気がしました!!
もうそこからは、本当にお笑いが大好きになりました。自分でするのも人のネタを見るのも好きです。正直今は初め抱いてた「女優さんになりたい!」という気持ちは薄れ「ずっとお笑いやっていたい~」って気持ちです。そう考えたら偶然のスタートとはいえ私にお笑いをやらせてくれた神様に感謝です。
さて、自分の話ばかりになりましたが、そんな経歴の私はこの「べしゃり暮らし」をまた違った目線で見てるのかもしれません。
特に「ニップレス」という女性コンビからは目が離せません。ニップレスは潤と元々コンビを組んでいた静代が新たに女友達と組んだ女の子コンビなのですが、純粋に漫才がしたいという気持ちとはうらはらに、周りからは、お笑いは二の次でちょっとセクシーな衣装でネタをやることを要求されるのです。その衣装を着ればテレビに呼ばれる……。しかし、自分たちがしたいお笑いとは全然違う……。でも正面からお笑いをすればいつ売れるかわからない……。
この悩みはいろんな人が実際にかかえているリアルなものだと思います。「売れたら自分のやりたいようにお笑いをやらせてもらえる……。だから周りからなんて言われようが今は我慢……」とするのか、「いや、正統派漫才を貫く!」とするのか……。時代や職業は違ってもたくさんの人がこの悩みを持っている気がします。ちなみに私の場合は、最初からエヴァの漫才が私にとって「正統派」なのであまり当てはまらないのですが……。
しかし、たまに雑誌の写真撮影のときにカメラマンさんに「稲垣さん笑って~笑って~にっこり~」と言われて一生懸命笑うのですが、顔が引きつってたりします。「あー、私芸人って思われてないのかな……。お笑いするって心に決めたのに、やってることバラバラや……」と落ち込んだこともありました。
でも周りの先輩から「いろんな芸人がいてもいいと思う。自分にしかできないことをやらせてもらうのは幸せなことやで」と言ってもらえてから気持ちが楽になりました。テレビの顔、舞台の顔、プライベートの顔とみんながいろんな顔を持ってていいと思うので、私はできるだけいろんなことを明るく前向きにいきたいと思います。
それで、ニップレスだけではなく、その他のキャラも「あーこういう人いるな……」って感じてすごく面白いです。モテるために入ったがどうしていいのかわからないキャラ、人のネタをぱくるキャラ、1年先輩なだけで生徒にものすごくえらそうなキャラ、自分は世界一面白いと思って入ってきたキャラ……。
主人公の上妻も「自分は面白いに決まっている! 天才だ!」と信じきって舞台で大スベりします。それまでクラスや文化祭の舞台でウケてた人があっけなく現実をつきつけられるんです。お笑いってそこが難しい。全く同じネタも、する人が違えば全くお客さんの反応が違ったりします。世間で顔が知れた芸人さんは、登場のときから客席はウエルカムモードですが「だれ?」って人には冷たい空気の時もあります。
クラスでウケていたというのは大体が「●●くんがまたあんなことやってる~(笑い)」という笑いが多いです。「●●くん」はすでにみんなが知っている人物なのだから、そこがのっかって、面白くなっている。しかし劇場は、ほとんどが「●●くん」の知り合いではありません。「だれ?」からスタートする地獄コースです。ですが、その「だれ?」を利用して笑いをとる人もたくさんいます。
あと「自分の言葉」でどれだけ言えるかというのも難関です。漫才を始めたばかりだと、台本は自分で書いているのにも関わらず、何回も練習しているうちに、セリフ口調になってしまうこともあります。これだと「言わされてる感」が出て伝わり方が半減してしまいます。それに緊張しているのがお客さんにバレると、お客さんは笑うよりも「この人大丈夫かしら……」と不安な気持ちになってしまって空気がどんどん重くなってしまいます。
私はどちらも経験していますが、あのお客さんに心配されてる感がもう……。ネタやっててもどんどん楽しい気持ちが遠のいて「伝えたい!」という気持ちにもふたができちゃって、さらにお客さんとの間に分厚~いATフィールドが……。私の場合は緊張したら標準語が混ざったりかんだりするというのもありますね。自分の言葉で話すって難しい……。
もちろん「べしゃり暮らし」はマンガなので、かなりドラマチックな場面や、奇跡的な「そんなんあるわけないやろ!」という場面もちらほらあるのですが、でも、このマンガを見たあとは、「よし! 頑張ろう!」っていう不思議なやる気がふつふつと湧き出てきます。と同時に、「べしゃり暮らし」というコンビにはビッグになる結末を期待しますが、その前に「自分も頑張らないと!!」って焦るマンガですね。
桜 稲垣早希(さくら いながき・さき)=1983年、神戸市生まれ。07年2月に、お笑いコンビ「桜」を結成。07年の「M−1グランプリ」で3回戦に進出するなど活躍していたが、09年末に相方がコンビを卒業し、ピン芸人として活動。アニメ「エヴァンゲリオン」のヒロイン、アスカの物まねで知られ、バラエティー番組「ロケみつ」(毎日放送)でブレーク。「R−1ぐらんぷり」で4年連続準決勝進出を果たしている。最近ではバラエティー番組などでナレーションもこなすなど、芸の幅を広げている。
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