堤幸彦監督:「イニシエーション・ラブ」 仕掛けのヒントは「見る人の習慣みたいなもの…」

映画「イニシエーション・ラブ」について語った堤幸彦監督
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映画「イニシエーション・ラブ」について語った堤幸彦監督

 俳優の松田翔太さんと女優の前田敦子さんが出演する映画「イニシエーション・ラブ」(堤幸彦監督)が公開中だ。乾くるみさんの小説を基に実写化。1980年代後半の静岡と東京を舞台に、奥手な大学生・鈴木と歯科助手・マユの恋愛模様を描く前編(Side‐A)と、遠距離恋愛を始めた2人の関係が崩壊していく後編(Side‐B)の2部構成で、原作のラスト同様、最後の5分で物語が一変する衝撃の展開が待ち受けている。メガホンをとった堤監督に、映像化でこだわった要素や見どころについて聞いた。

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 ◇観客の習慣を利用してトリックを構築

 映画は、最後の2行でラブストーリーが驚がくのミステリーに変ぼうすることで話題を呼んだ小説が原作。今作のジャンルを「基本はミステリー」と堤監督は言い、「作っている側と見る側との駆け引きというかだまし合いのような作品だと思う」と説明。「基本的な恋愛のストーリーでもあって、男性から見ると圧倒的に魅力的な女性が2人現れたとき、果たして自分がどうするかという、ある種の理想、いや妄想を語る映画でもあるのでは」と続け、「女性が見たら、自分があの立場だったらどうするのかなということを考えさせられるはず」と恋愛要素も入っていることを男女それぞれの目線で語る。そして、「いろんな世代の方々が参加できる作品なのでは」と結論づける。

 小説の「叙述トリック」を表現するため、原作者である乾さんのアイデアも盛り込みつつ、「映画やテレビなどを“そういうもの”だとして見るという、見る方の習慣みたいなものを利用した」とトリックの出発点を明かす。小説の読者が映画を見るにあたっては、「原作を知っていらっしゃる方は『なるほどそうきたか』と」と感じてもらえるようトリックを作り上げたといい、「だまされないぞと思いながらも、やっぱりあの恋愛模様にはぐいぐいと引きずり込まれていくというふうにはしたかった」と振り返る。

 恋愛、ミステリーとどちらの要素も持つ作品を映像化する上で、「あとで見直して『なるほどそうなのか』という部分」にこだわり、「すべてが分かったあとに見直すと、『そういうことなんだ』という要素やキーワードはいくつかちりばめている」という。そして、「これはミステリーものとして必要なことだろうし、時間経過が分かったあとに見ると、なるほどと思うはず」と自信をのぞかせる。

 ◇前田敦子に“男殺し”の演技を要求

 映画のラブストーリー要素を語る上では、マユを演じる前田さんの演技を抜きには語れない。女性の可愛らしさを前面に出すような演技について、「ずるいですし、最終兵器」と堤監督は笑顔を見せる。前田さんのカメラ目線を意識したアップが印象的だが、「最初はカメラ目線だけだった」と堤監督は切り出し、「小首をくいっとかしげられると……いや、やられたいというのが自分の本性なわけで、ああいう表情を見られたら自分の人生はずいぶん変わっていただろうなと」とちゃめっ気たっぷりに表現する。

 鈴木の視点から見たマユの周りには花が描かれているが、「恋をしているときは、なにもかも光り輝いて見える。その男心を映像化したかったというのが最初の動機」と意図を明かし、「モテなくてまだ女性経験のない男の、女性が向こうから近づいてきたときのドキドキ感に取り組みたかった」と説明する。マユの可愛らしさを出すため、「前田さんには素直に見えるような可愛らしい芝居をしてほしい」とお願いしたという。

 ◇バランスが取れたキャストを絶賛

 メインキャストを務める松田さん、前田さん、木村文乃さんについて、「これ以上ないベストキャスティング」と堤監督は自信をのぞかせる。中でも翻弄される男を演じる松田さんを「すごくカッコいいけれど正直者。そこが、この作品のキャスティングの素晴らしいところ」と称え、「エッジの立った凶暴な役からオフビートな役まで見事にこなしますけど、今回のような一見素直なラブストーリーにもぴったりとはまる」と評する。そして、「単にはまっているだけではなく、わざとらしさがないというところにものすごい才能を感じる」と絶賛した。

 今作には木梨憲武さん、手塚理美さん、片岡鶴太郎さんらも出演。3人について堤監督は「木梨さん、手塚さん、鶴太郎さんは80年代をともに生きてきた仲間でもある」と評し、「さまざまな方が適材適所で光を放っているので素晴らしい」と満足げな表情を浮かべる。手塚さんと片岡さんについては「『男女7人』のパロディーも効いているし、当時ドラマに登場したブーツジョッキも作った」といい、堤監督らしい演出も盛り込まれている。さらに松田さん演じる鈴木と、東京での同僚役を演じる三浦貴大さん、前野朋哉さんの3人でのからみを「3人組はやばいでしょう。この3人組だけでスピンオフが作れます」と気に入っている様子をだった。

 ◇今まだキャリアの“通過儀礼”の最中

 1980年代後半、バブル最盛期の静岡が物語の舞台で、さまざまな80年代カルチャーが登場する。数々のヒット歌謡曲が物語を彩るが、「70年代の中盤に『はっぴいえんど』という伝説のグループに心を奪われて、はっぴいえんどの風景を見たくて東京に来た」と堤監督は明かす。同バンドのメンバーで、作詞家の松本隆さんがつづる世界観に魅(み)せられた堤監督は「今回使った楽曲の中には、松本さんが歌謡曲の詞を書き始めてきら星のごとくはなった『ルビーの指輪』『木綿のハンカチーフ』など、ヒット曲のいくつかが入っている」と紹介し、それらの楽曲が「自分がこういう世界でご飯を食べていこうと思わせてもらったきっかけにもなっている」と告白。そして、「どんな方でもこれらの曲を聴けば自分の人生が透けて見えるわけで、そこを映画にしたかった」と力を込め、「見えないものを見せるというのが映画の一つのマジック」と言い切る。

 80年代カルチャーに造詣が深い堤監督が初めてはまったポップカルチャーは洋楽だという。「ザ・ベンチャーズ、モンキーズ、ビートルズにはまり、初めて誕生日プレゼントとして意識してもらったのは、姉からもらったビートルズの『プリーズ・プリーズ・ミー』という曲のEP盤で、なにもかもがうれしかった」と思い出話を披露。「何度もレコードプレーヤーでかけては、当時は何を言っているかはよく分からないけど、なんてウキウキするんだろう」と感じたことを明かし、「ある種、針を落とした瞬間が今に至る第一歩というか出発点だった」と顧みる。

 映画のタイトルにも入っている「イニシエーション(通過儀礼)」にかけて、監督自身の通過儀礼的な出来事は? すると「私の場合はまだ通過していない」と堤監督は笑い、「上京した当時、四畳半の風呂もないようなアパートに住んで寂しいと思っている気持ちと、その気持ちに酔っている自分がいて、自ら望んでそうしたけど、そこが通過儀礼の第一歩」と打ち明ける。

 現在では多方面で活躍している堤監督だが、「東京に来たいと思った気持ちや、なにか事を成したいと思う気持ちは今の今までずっと引きずっていて、なにか成就して今の私があるという気持ちは一切なく、精神的にはそのときとまったく同じ」と驚きの発言が飛び出し、「ずっと通過中だから作品を作るのだと思う」と作品作りの根源を明かした。

 ◇恋愛に不器用な時代の空気を楽しんでほしい

 今作の見どころを、「恋愛の不器用な時代の話でもあるわけで、そのへんを楽しんでもらえたら」とアピールする堤監督。「今から見ると男女の機微みたいなものが微妙に奥ゆかしい」と映画の空気感を表現し、「みんなそれぞれもっと自己主張すれば、うまくいくというか、強引に事を運ぶこともできるはず」と持論を展開する。

 映画の登場人物を例に挙げ、「鈴木は黙って二股をしていればいいかもしれないし、マユだってこんなに魅力があるのならもっとそれをアピールすればいいなどと思う」と切り出し、「今だったらそう考えても不思議じゃない。逆に今のほうが保守的になったり、モラルを強調したりすることもあるけど、どこかでみんな我慢している奥ゆかしさみたいなものがこの作品にはある」と力を込める。

 そして、「誰がどこにいても居場所や考え方が携帯電話などで通じて一瞬で分かってしまう今、電話の前で彼女に言葉を伝えたくてずっと立ち尽くす気持ちみたいなところは、過去の遺物だけど味わってもらいたい」とメッセージを送った。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 1955年11月3日生まれ、愛知県出身。「バカヤロー! 私、怒ってます」(1988年)内の「英語がなんだ」で映画監督デビュー。以降、映画やドラマ、ミュージックビデオ、舞台演出など多方面で活躍している。主な作品は「トリック」シリーズ、「劇場版SPEC」シリーズ、「明日の記憶」(2006年)、「悼む人」(15年)など。演出しているテレビドラマ「ヤメゴク~ヤクザやめて頂きます~」(TBS系)が放送中で、今秋には監督した映画「天空の蜂」の公開を控えている。

 (インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

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