俳優のオダギリジョーさんが主演した日本・キューバ合作映画「エルネスト」(阪本順治監督)は、キューバ革命(1959年)の英雄チェ・ゲバラと共に、母国ボリビアのために戦った実在のボリビア日系2世のフレディ前村ウルタードの歩みをつづっている。フレディを演じるにあたってオダギリさんは、半年かけてスペイン語を習得。体重も12キロ落とし、キューバでの撮影に臨んだ。今回の挑戦を「鉄人レース」に例えるオダギリさんに話を聞いた。
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「今の日本の映画界で、こういう作品を作ることって難しいんですよ。よく、そんな挑戦を阪本監督含めプロデューサーがやろうとしているな、というのが、台本を読んだとき最初に感じたことでした」と話すオダギリさん。
昨今の映画界を見渡せば、マンガや小説の実写化やシリーズものが花盛り。そんな状況において今作は、決してキラキラした話でもなければ、旬の若手俳優がこぞって出演しているわけでもない。オダギリさんの言葉を借りれば、「お金が集まるタイプの映画ではない」のだ。だからこそ、中学生のころ、米ミュージシャンのキャプテン・ビーフハートさん(1941~2010年)の、「実験的で即興を多用した、耳触りの悪い音楽」に触れ、その作品性や精神に影響を受け、「メジャーな作品に出ることよりも、インディーズの作家性の強い、どこかとがった作品に重きを置く」ようになったオダギリさんに、今作の企画は魅力的に映り、「そこに乗りたくなった」という。
自身を鼓舞させたいという思いもあった。「楽なところで芝居をするということに飽きている部分があるんです。やっぱり、長年やっていると慣れや甘えも出てくるじゃないですか。でも、こういういろんな苦労や困難が目に見える役というのは、逆にモチベーションを保てるというか、俳優としても活性化につながると思ったのです」と説明する。
中学生のころから、「大きなものに対する“反骨”みたいなものがとても大きかった」というオダギリさん。「“反社会”とは言わないまでも、パンクな精神の流れの途中にいた」のが、ゲバラだった。もっとも、当時はゲバラの主張や思想を理解していたわけではなく、「米国という資本主義に歯向かって、いろんな国を解放させようとしている英雄みたいなところが、すごく美しく見えたんでしょうね」と当時の自身を振り返る。
そんなゲバラと比べるとフレディは、シンボリックでもなければ、世界的なアイコンになっているわけでもない。だがオダギリさんは、「光の当たらない戦士が、志や思いの強さで(有名な戦士より)劣っているとは思わない」と言い切る。フレディに対し、「誠実に人生を全うしようとした人なのかなと考えると、自分の母国が大変な状況に置かれている中において、身をささげるという選択肢を持っても不思議ではないと思います」と共感を寄せる。
とはいえ映画は、フレディのボリビア戦線(1967年)での勇姿よりも、それ以前の、医者を志し留学したキューバでの大学生活に重きを置くという、いたってヒューマンな作品に仕上がっている。オダギリさん自身、台本を読むまでは、「ゲリラ戦とか、戦う姿がもっと増えるのかなと思っていましたが、フレディの気持ちが固まる学生生活のほうに重きが置かれていることが驚きでしたね」と打ち明ける。
その上で、「僕はキューバのことはすごく好きで、前々から興味を持っていたこともありますが、(映画を見て)あの当時の人たちの気持ちに一瞬なれたような気がして、感動できたんです。ちょっと乱暴な言い方をすれば、資本主義に生まれた現代っ子の僕たちが、あの当時のキューバの人の気持ちが理解できるかどうかというのが、一つの課題のような気がしていたんですが、そこをきちんと飛び越える作品になっていたことは、やっぱりすごいと思いましたね」と今作の普遍性に言及しつつ、阪本監督の手腕を称(たた)える。
キューバは、「仮面ライダークウガ」(2000年)の撮影で訪れたことがあったが、今回は1カ月半に及ぶ撮影だった。現地ではマネジャーはつかず、身の回りのことは自分で対処した。「海外で真剣勝負……というか、集中して何かをやらなければいけないときに、他に人がいると面倒くさいこともあるじゃないですか。一人でいる方が気が楽なんです」と笑顔を浮かべるが、役作りに関しては、決して笑顔で語れるものではなかった。
撮影に入る前の半年間で、スペイン語、しかもボリビア・ベニ州の方言を習得する必要があった。また、髪とひげ、爪は、数カ月かけて伸ばした。そのせいで食事のときにひげが口に入ったり、モノがうまくつかめなかったりなど苦労は尽きなかった。もっとも、長い爪のお陰で「女性の気持ちが分かった(笑い)」と言うが、ともかく、「全編スペイン語とか、そういう想像もつかないことに挑戦してみようという気持ちになりましたけど、もう一回あの苦労を別の作品でやるかと言われると、よっぽどのことがない限り受けないでしょうね」と本音ももらす。
キューバ滞在中、オダギリさんの不在を家族は寂しがらなかったかと聞くと、「僕、あんまり仕事しないタイプの俳優なんですよね、普段」と言いつつ、「やるときはやるんですけど、やらないときは全然働いていないですよ(笑い)。だから、平均的な時間にすると、普通の家庭とあまり変わらないんじゃないですかね」と答えた。実際、このインタビューが行われた8月下旬には、「この2カ月くらいは働いていない (笑い)」と言い、その分、家族と過ごす時間に充てているそうだ。
改めて今作を、「準備することもたくさんありましたし、甘えで『このくらいでいいだろう』で許してくれる監督ではないので(笑い)、すべてを100点までもっていかなければいけないということもありましたし、そういう意味でも自分自身、今までに経験したことのない追い詰め方をして、これを乗り越えるということを一つの目標にしていました」と振り返るオダギリさん。そして、「それを乗り越えられたということが、役者としても、一人の人間としても、今後の人生を生きる上での自信になりました」と言い切る。
それは例えていえば、42.195キロのフルマラソンを走り切るようなもので、「実際はハーフしか走ったことがないんですけど、こんなの走り切れるわけないと思いながら挑戦して、どうにか走り切ったときの充実感って、すごかったんですね。ハーフですらそうでしたから、(今作を撮り切った)今の自分はフルマラソンを走る人たちの気持ちに似たものがあるのかなという気がしています。あるいは、(トライアスロンよりさらに距離の長い)“鉄人レース”的なものに近かったかもしれないですね」と語る言葉には、達成感がにじんでいた。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1976年2月16日生まれ、岡山県出身。「アカルイミライ」(2002年)で映画初主演を果たし、「あずみ」(03年)で日本アカデミー賞最優秀新人俳優賞、「血と骨」(04年)でアカデミー賞最優秀助演男優賞を受けた。主な映画出演作に「ゆれる」(06年)、「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」(07年)、「舟を編む」(13年)、「オーバー・フェンス」「湯を沸かすほどの熱い愛」(共に16年)、海外作品では「悲夢」(09年)、「マイウェイ12,000キロの真実」(12年)などがある。11月11日から映画「南瓜とマヨネーズ」の公開を控える。
(取材・文・撮影/りんたいこ)
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