女優の長澤まさみさんが自堕落で奔放なシングルマザー役で主演を務める映画「MOTHER マザー」(大森立嗣監督)が7月3日に公開される。17歳の少年が祖父母を殺害した実際の事件を基にしたフィクションで、映画「日日是好日」(2018年)や「タロウのバカ」(2019年)などで知られる大森監督がメガホンをとった。大森監督は「スターの長澤さんが自分を疑いながら現場にいる感じが新鮮だった」と長澤さんを評する。長澤さんと大森監督に、撮影現場の様子や作品に対する思いなどについて聞いた。
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映画は、ゆきずりの男たちと関係を持つことで、その場しのぎの生活を送るシングルマザーの秋子(長澤さん)と、秋子の歪んだ愛に翻弄(ほんろう)されながら育った秋子の息子である周平(奥平大兼さん)は、身内からも絶縁され、次第に社会から孤立していく。その中で、2人の間に生まれた“絆”が成長した周平を一つの殺害事件へ向かわせる。周平が罪を犯してまで守りたかったものとは……というストーリー。秋子と内縁関係になるホストの遼は阿部サダヲさん、周平の幼少期は郡司翔君(9)、周平の妹・冬華役で浅田芭路ちゃん(6)が演じている。
大森監督は、現場での長澤さんについて「女優さんで、スターだと思いますが、現場ではそういう感じではなかった。経験がたくさんあるのに、いつも自分のことを疑いながら現場にいる感じが新鮮でした。僕はそういう人は大好きです」と表現する。
長澤さん自身は、演じた秋子について、「私自身、女性としていつかは子供を持つ立場になるかもしれないので、どこか人ごとに感じなかったという部分があります。もちろん秋子のことはとうてい理解できないし、この先も理解できないと思いますが、同じ女性の立場として、すごく気にかかったんです」と語る。
どんな部分が気にかかったのか。長澤さんは「家庭環境でこういう人(秋子)が生まれてしまったという、そこは映画には描かれていないですが、きっと“普通の環境”ではなかったんじゃないかなと。家庭の問題は、それぞれの(固有の)のものだけど、そういう女性が出来上がる家庭があったというのが一つの社会問題。そこは本人の責任だけとは言い難いですよね。そういうところに自分自身も考えさせられました」と役柄の背景にまで思いをはせていた。
役柄を深く理解し、作り込んでいこうとする長澤さんは、「最初のテイクが一番」と考える大森監督の演出について、初めは「撮影のスピードに追いついていけませんでした」と振り返る。
大森監督は「僕は、いつもテイク数が少なくて、1回目が一番だと思っています。俳優として初めて向き合って、初めてその風景を見たときの感情でお芝居をしてほしい。何回もやると失うものがあるんじゃないかという思いが、僕の中にはあるんです」と話す。
ただ、「今回は難しい、社会の外側にいるような役ですからね。日本の今の母親像、日本の今の女性像の想像を超えていってしまう部分が、秋子にはあるんです。長澤さんにとってもすごくチャレンジだったと思う」と長澤さんに対して理解を示し、「長澤さんが主役で、その人が現場で感じることを僕は信用しちゃうんですよ。秋子役は取り換えがきかない、長澤さんでしかありえない。圧倒的に理屈じゃないんです。だから長澤さんが現場で何を感じるか、どういう動きをするのかがすごく大事。長澤さんの歩き方一つから演技全部を信用するんです」と全幅の信頼を寄せた。
長澤さんは「最初は、自分の中で秋子の(周平を虐待する)暴力性のさじ加減がしっくりきていなくて。ただ泣きわめいて生きているだけだと秋子という人物が伝わらない。そうなりがちな作品なので、自分の中で迷っていて、監督が私を信頼してくれているのは分かっていたんですけど、もっといいものを目指したいという向上心もあって、自分の中で(秋子という人物が)定まっていなかったので、うまくできなかったのかな」と自己分析。
監督に対して当初は遠慮していたが、長澤さんは「これじゃマズい!と思って、途中からは率直に疑問や思いをぶつけていくようになりました」と語る。
試写を見た関係者からは「最後、すごい顔をしていたね」「目の(表情の)移り変わりがすごく印象的だった」という感想が寄せられたという。
長澤さんは「演じているときは自分がどんな顔をしているかなんていうのは分からない。家で練習してきたわけではないし、こういう表情をしようと思ってお芝居はしていない」と前置きしつつ、「誰かと対峙(たいじ)して言葉を交わす……一方的に言葉を発することが会話ではなくて、目が合って、言葉を交わして初めてその会話が成立するのは、普通のことなんですけど、お芝居をする場では大事なことです。そのことに対して向き合っていたというか、大切にできればなと思って演じていた、その先にそういう表情があったということなんじゃないかと思います」と語る。
「だからこそ監督が1回のテイクにすべて込めている思いを感じました。一番大事なことだと思います」と初めて演じるときの新鮮さを大事にする大森監督の手法に共感を示す。
大森監督は「この役は(長澤さんの能力を)全開にしてもらわないと絶対に無理だし、何かきれいにやろうとしたら映画自体がだめになってしまう。そこはお互いコンセンサスが取れて、僕が言う前に長澤さんがどんどんやろうとしていた。時間が経過していく話なので、メークで老けさせたり、体重を短期間に増減してほしいというのもやってきてくれた」と満足そうに語った。
演じる上では、周平役の新人俳優の奥平さんや子役のピュアな演技に助けられる部分もあったという。
秋子が周平に金の工面をさせるなど、虐待する様子が描かれているが、「秋子がひどいことをしている感覚でいたのかといったら、それは違う気もするのですが。秋子の言葉に関して自分で引け目を感じたら成立しないし、お芝居をダメにすることだから、なるべく何も考えずに、言葉がちゃんと伝えられるといいなあと思っていました」という。
「そんなとき、対面している人に助けられることが多いんです。それが今回は子供たちでした。子供たちは本当にピュアで、言われたことをきっちりやるからもう逃げられないという気持ちになりました。ピュアさに対して、自分も向かっていくしかない。子供たちに引っ張っていってもらいました」と明かす。
大森監督は「きついシーンが続くので、子供たちがいるとリラックスできるというのもありましたし、長澤さんがどうアプローチしていくかということに奥平君とかみんなが影響を受けていたんじゃないかな。大先輩が現場で誰よりも一番考えているしね。すごくいい方向に行ったと思うんです」と目を細める。
最後に、長澤さんは「大人の方に見てもらいたい作品です。皆さんにもこういうことがあるかもしれないと、知るきっかけになってもらえたらと思うし、もしかしたら自分のたった一言でこの人たちの生活を変えられたかもしれないとも思うので、(深刻な題材だからといって)食わず嫌いせずに見てもらえたらなと思います」とメッセージを送った。
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