歌舞伎俳優としてだけではなく、劇場版アニメ「サイダーのように言葉が湧き上がる」で主人公・チェリーの声を担当し、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では凛(りん)としたたたずまいの悲劇の少年・木曽義高を演じるなど表現者として幅広い活躍を見せる市川染五郎さん。特に「鎌倉殿の13人」では、はかなげな美しさに大きな反響を得た。そんな染五郎さんが「いち俳優としてのスタートになった」と語ったのが、脚本家の三谷幸喜さんが作・演出を務めた「三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」だ。現在17歳の染五郎さんにとって大きな出会いとなった本作で、三谷さんからはどんなことを学んだのだろうか――。同じく三谷さんが脚本を務める大河ドラマ「鎌倉殿の13人」出演への反響を含め“いま”の胸の内を語った。
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2019年に上演された「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」で染五郎さんは、遭難しロシアに漂着した神昌丸の最年少乗組員・磯吉を好演したが、同舞台を映像化し2020年に公開されたシネマ歌舞伎「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」が、8月12日から18日まで「月イチ歌舞伎」としてアンコール上映される。
染五郎さんは「最初に台本を読んで感じたのがとにかくせりふが多いなということでした。舞台だと3時間の長丁場。磯吉は(松本幸四郎さん演じる)大黒屋光太夫を除いて唯一日本に無事に帰れた人間。最初から最後までずっと出演しているというのが大変だなと思いました」と出番の多さが不安だったという。
実際、台本を読んで「無理かもしれない」と思った染五郎さんは正直な胸の内を話したという。それでも周囲の人たちの助言と、自身の気持ちに整理をつけて臨んだという舞台。当時14歳だった染五郎さんは、磯吉という人物の10年間を演じ切るのは、大きなハードルになると想像していた。「この作品では磯吉の17歳から27歳までが描かれます。最初の年齢は自分と近いのでイメージできたのですが、27歳の磯吉は全然想像できず、どうしたらいいのだろう」と悩みも多かったという。
時代設定は江戸だが、言葉は現代のもの。染五郎さんにとって現代語の芝居は、ほぼ初めてだったという。さらに稽古(けいこ)が始まると三谷さんからは「磯吉ではなく、若手歌舞伎役者がそこにいる感じだね」と厳しい言葉ももらった。それでも三谷さんからは、芝居の基本的なことを丁寧に教わったという染五郎さん。「せりふの技術で大事なのは、声の大きさと高さ、そして強さだと。あとは接続詞が重要というせりふ回しのアドバイスをいただきました。八嶋智人さんからもたくさん助言していただきました」
「あまり自分に自信がないんです」と語った染五郎さんだったが、稽古を重ねていくにつれ、三谷さんからも「ここは良かったね」と声をかけてもらい、少しずつ「正解」が見えてくるようになった。さまざまな苦悩や葛藤のなか演じた舞台が、2020年には「シネマ歌舞伎」として劇場で上映されることになった。染五郎さんは「3時間の舞台がギュッと凝縮されて2時間ちょっとになったという感じ。立体的な舞台を映像として観ることで、また違った臨場感や迫力が楽しめると思います」と見どころを語る。
いろいろなことに葛藤しながらも芝居の基本を学んだという「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」。この舞台がのちのち染五郎さんの俳優活動が広がっていく大きなきっかけになった。2021年に公開されたアニメーション映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」のイシグロキョウヘイ監督は、本舞台を見て「主人公・チェリーを見つけた」と染五郎さんに出演をオファー。さらに三谷さんが脚本を担当する大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の出演も決まった。
染五郎さんは「この作品に出演させていただいたことがきっかけで、いろいろな方向に可能性が広がっていきました。僕にとってはとても大きな作品です。歌舞伎役者としてのスタートは4歳の初舞台でしたが、もっと大きい視点で捉えたとき役者としてのスタートはこの作品です。多分これからの俳優人生にとっても、三谷かぶきは大きな起点になる作品だと思います」と思い入れたっぷりに語る。
実際、大河ドラマ出演の話も、シネマ歌舞伎「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」の舞台あいさつのときだったという。「ちょうどシネマ歌舞伎として最初に上映された舞台あいさつに三谷さんと父(松本幸四郎さん)、(片岡)愛之助のお兄さんが登壇したとき、僕は劇場に見に行っていたんです。そのときの控室で舞台の千秋楽以来三谷さんとお会いしたのですが、『ぜひ、出てください』と非公式ですがお話をいただいたんです」
そこから時がたち、正式に木曽義高という役でのオファーがあった。台本を読んで感じたのが「三谷かぶき」のときと同じ感覚。「とても重要かつ大変な役だなと思って自分には無理かもしれない」と弱気な心が出てしまったという。しかし「磯吉と義高は時代も身分も全く違いますが、素直という部分で共通点を感じました」と前向きに捉えて出演することになった。
染五郎さんが演じた義高は、時代に翻弄(ほんろう)されるなか、実直に義を貫く父・義仲(青木崇高さん)の意志を継ぐ、一本気な青年。その清廉さとはかなげな美しさは、大きな反響を呼んだ。染五郎さんは「自分の周りでも、いままで大河ドラマを見ていなかったという人から『今回は見ているよ』と声をかけていただくことが多いです。三谷さんの脚本は、登場人物すべてに個性があって、誰もが主役のように見せ場があるので惹(ひ)きつけられます」と語る。
義高を演じるうえで意識したことが“変化”だという。「実年齢で言うと11~12歳ぐらい。まだけがれていない美しい心を持ちつつも、いろいろなことを早くに経験し、大人びている部分もある少年です。ドロドロとした人間関係を見て美しい心が、傷ついて汚れていく変化も見せられたらいいなと思っていました」と役へのアプローチ方法を語ると「義高がセミの抜け殻を潰す場面が特に反響がありました。個人的にはびっくりしました」と感想を述べていた。
「美しい」というキーワードもSNSでは話題になったが「自分のことは美しいとは思わないんですよね」と苦笑いを浮かべると「もしそういうご意見をいただけるのなら、それはメークの力で美しく見えるようにしていただいているんだと思います」とつぶやく。
そんな「美しさ」について以前、連続ドラマ「マイファミリー」(TBS系)の取材で、父である松本幸四郎さんが、染五郎さんが「美しい」と評判になっていることについて「“美しさ”は僕の方だと思います(笑い)」と話していた。染五郎さんは「普段は父を美しいと感じることはないですが、歌舞伎のこしらえをして、女方や二枚目を演じるときは華やかで奇麗だなと思います」と語る。
幸四郎さんは「彼の方が、芝居が明確だと思います」とも話していたが、染五郎さんは「直接言われたことではないので意図はわかりませんが、僕は役をいただいたとき、資料をかき集めてその人物の背景をかなり研究するんです。台本に描かれていない部分まで意識して、その人の一生を演じるつもりでお芝居をするので、もしかしたらそういう部分が“明確”という言葉になったのかなと思います」と解釈を述べていた。
現在17歳の染五郎さん。「あまり普段の自分には興味がないんです」と述べると「だからこそプライベートではあまり見た目などに気を使わないのですが、表に立つときは、一つスイッチになるように衣装や化粧などにはこだわります」とプロ意識を垣間見せる。それだけ“演じる”ということには強い意識を持っているのかと問うと「もちろん演じるのは楽しいのですが、僕はそこに行きつくまでの過程が好きなんです。お芝居だったら共演者の方と芝居を作っていく時間、ファッションの撮影でも、衣装さんやメークさんとお話をして作品を作っていく時間が一番好きです」と語っていた。(取材・文:磯部正和)
※ヘアメーク:AKANE スタイリスト:中西ナオ
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