超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回も、小野さんの「ゲーム批評」時代の思い出を語ってもらいます。
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イラストレーター・マンガ家で、「テイルズ オブ」シリーズのキャラクターデザインなどで知られる、いのまたむつみさんが亡くなられた。個人的な親交はなかったが、「ゲーム批評」の第4号で表紙イラストを描いていただいた。任天堂の特集号ということもあり、「任天堂魔王とでもいうようなイメージです。あー、任天堂が魔王のイメージって訳じゃないんですけど。ゲームっぽいというか。ファンタジーっぽいというか、安易な組み合わせだったかな?」というコメントをいただいた。これに限らず、「ゲーム批評」ではさまざまな方に表紙イラストを描いていただいたが、そこには本誌ならではの苦労があった。そこで今回は表紙イラストにまつわるエピソードを振り返りたい。
表紙は雑誌の顔であり、「雑誌の売り上げは表紙と特集テーマで変わる」というのが編集部の共通見解だった。そこで表紙イラストもゲームファンと親和性が高い方に、特集テーマに則した内容で描き下ろしてもらっていた。一方で特集テーマが決まるのは前号の校了時期のため、発注のストックが効かなかった。締め切りと刊行サイクルを考えると、毎号1カ月程度しか余裕がなかった。そこで表紙イラストにまつわる業務は、編集長の最重要事項となった。特に「読者ターゲットはゲームファンだが、ゲームファンに媚びない」姿勢を掲げたため、イラストレーターの起用は読者に対するメッセージでもあった。ただし雑誌の性質上、トラブルが発生することもあった。
中でも創刊号のトラブルは忘れがたい。ファンタジー特集ということで、「ファイナルファンタジー」シリーズのイメージイラストで人気を博していた、天野喜孝さんに描き下ろしてもらった。イラストの完成度も高く、いわゆる「ゲーム雑誌」のレベルを超えていた。しかし、確認のため色校正を送ったところ、事務所から物言いがついた。特集の見出しが「ファンタジーは死んだ」だったため、「『天野喜孝』が当て馬に使われているように見える」というのだ。たしかに、そうとられても仕方がないデザインになっていた。
また編集部側が発注時に、編集方針と特集テーマをしっかり説明していなかった、という問題も判明した。調整の結果、見出しが「ファンタジーは死んだのか」に変更された。疑問形にすることで「死んでいない」という意味を言外に込めようとしたのだ。
この変更が読者に対して、どれくらい意味があったのかは不明だ。しかし、イラストレーターに誤解を与えるような行為は、編集部としてあってはならないことだった。そしてこれ以降、表紙イラストの発注時には編集方針と特集テーマを丁寧に説明することが必須となった。ちなみに天野喜孝さんにはその後、何度も「年鑑」版の表紙イラストでお世話になったが、特に問題になるようなことはなく、貴重な未発表イラストを使用させていただいたことを補足しておきたい。
自分が編集長になってからも、表紙イラストレーターの人選では苦労が続いた。さまざまな伝手をたどってコンタクトをとり、先方の承諾を得て(スケジュールなどの問題で断られると、大急ぎで人選からやり直しだった)、イラストが編集部に届くと、それだけで仕事が半分終わったような気がしたものだ。もっとも、そこからが大変だった。イラストを中判カメラでポジフィルムに撮影してもらい(当時はアナログ画材が一般的だった)、デザイン事務所で入稿データを作成してもらい、印刷所に入稿して色校正をとり、イラストレーターに確認をとりつつ、印刷所に色校正を戻し、校了するまで気が抜けなかった。時には色味の確認のため、印刷所で刷り出しを確認したこともあった。それでいて売れて当然、部数が下がれば会議で責められるという、シビアな日々がつづいた。
雑誌の表紙はメーカーやクライアントむけの「商材」でもある。新作ゲームのスクープ情報にあわせて、ゲームのキャラクターが表紙を飾る一方、広告を出稿してもらう、などは好例だ。
一方で「ゲーム批評」では広告を掲載していなかったため、そうしたバーターは存在しなかった。それだけに「誰に、何を」描いてもらい、どのような見出しを載せるかが、一つの批評だった。マンガ家の島本和彦さんに「プレイステーションをぶっ潰す」特集のイラストを描いてもらったり、サムシング吉松さんにセガに見捨てられるゲーム機のキャラクターを描いてもらったりと、試行錯誤が続いた。今、表紙イラストをお願いするとしたら、どのような特集テーマで、誰に何をお願いするべきか……。これを考えなくてすむようになったことが、編集者を辞めて一番良かったことかもしれない。
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