奥田瑛二:ドラマで初監督・主演 原作もの「他流試合やってやろうじゃないか」 ドラマW「ビート」

監督と主演を務めたドラマ「ビート」について語った奥田瑛二さん
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監督と主演を務めたドラマ「ビート」について語った奥田瑛二さん

 俳優の奥田瑛二さんが監督&主演し、高良健吾さんや緒形直人さんら実力派キャストが出演した異色の警察ドラマ「ビート」が13日午後10時にWOWOWで放送される。原作は、警察ものを得意とする気鋭の作家、今野敏さんが00年に発表した異色の警察小説「ビート」だ。ドラマは二転三転するストーリー、家族のきずなや“家族と組織”の狭間(はざま)で苦悩する男たちの葛藤、最後のダンスシーンでの大どんでん返しなど、これまでの警察ドラマとは一味違う、ヒューマンサスペンスに仕上がっている。監督と主演を務める奥田さんに話を聞いた。(毎日新聞デジタル)

ウナギノボリ

 *ストーリー……警視庁捜査2課に勤める警部補、島崎(奥田さん)は頭を悩ませていた。現在調査中の日和銀行の粉飾決裁疑惑の機密情報を自分の長男・丈太郎(奥村知史さん)が、日和銀行員で柔道部のOBでもある富岡(菟田高城さん)に漏らしてしまったからだ。丈太郎を守るため、組織を裏切る決意をする島崎だったが、その富岡が捜査中に何者かによって殺されてしまう。秘密が漏れる心配がなくなり安堵(あんど)した島崎だったが、その殺人事件の容疑者として、自分の次男・真次(高良健吾さん)が捜査線上に浮上する。専制的で、規律、けじめ、厳しさばかりを追求する父親・島崎に反発し、今では高校も中退してブラブラしている真次だったが、まさか息子が人殺しを犯すとはにわかに信じられない島崎は、単独で真次の動向を調査しはじめる。果たして富岡殺しの真犯人は真次なのか?

 −−最初からこの原作で監督と主演をやってくださいという話だったんですか?

 ううん、違う。原作ものはだいたい嫌いなんですよ。自分が映画やるときもほとんとオリジナルだった。それはどこか、映画界に対してオリジナルがあってこそ、原作ものと切磋琢磨(せっさたくま)して高めていけると思っているわけ。最初「これです」と言われたときに、「えっ原作かよ」と思ったんですけど、制作プロデューサーから「1回やった方がいいですよ」と軽く言われて。他でメシ食ってこいみたいなもんですかね。こっちも調子に乗って「分かったよ、他流試合をやってやろうじゃないか」と。そういう経緯で原作を読んで、その中に1人の中年の刑事の魅力というのがあって、ただ、自分との色合いは決してピタッとは来ていなかったんで脚本家と12稿くらいかな、1年以上かけて脚本を書き直して。ただ原作者のこともありますから、最初、オリジナルっぽい脚本を書いたら怒られちゃって(笑い)。

 −−原作とずいぶん違う脚本だったんですか?

 全然違う。そうしないとモチベーションが上がらないんですよ。やったことがないというよりも、自分で一から考えないと気が済まないタイプなものですから、それで1年ちょっとかけてモチベーションを上げて。主演はそのときに他の俳優さんにオファーするっていうのがあって、3人決めてたんです。前の2人がスケジュールの都合などで断ってきて。ところが万が一3人目の人がOKしたとしてもダメだったとしても、我慢の限界があったわけ。前の2人が断ったのはよく知っているやつだったから、だったら俺がやらないと彼らが成立しない「俺たちが断ったら、奥田さん本人がやったんだ」と思えば、それで全部フィールドはきれいに、芝生は枯れないですよね。それで違う試合ができるわけですから。いや、モチベーションを上げるには自分が主演するしかないって言って、その代わり、条件はロケーションとかハンティングとかそういうことを早めに準備したいと、そうすればうまくいくからって。準備は1年半くらい。やる気が持ち上あがってくるまでに徐々に。最後のたたみ掛けは最後の4カ月くらいだったかな。

 原作はもともとは島崎の住んでいるところとか、殺された男もそうですけど、神奈川とか川崎、町田、田無とかあっちの方だったんですよ。で、あっちでやると、色が合わない。僕としては、もっと警察ものだし、いま映像に撮ってカッコいいのは下町だと思っているので、江東区、荒川区、あっちにしたいと言って、それは原作者の了解を得てそれで全部変えました。上野とかあっちの方に。そうして匂いを出していくというね。

 −−テレビドラマの演出は初めてだったそうですが、映画とは違いましたか?

 違いますね。まず、条件がある。何かっていうと画角ですね。僕の場合ですけれど、通常映画の場合、クローズアップは(1作に)数カットしかないんですよ。でもテレビの場合は至近距離で見るじゃないですか。だからクローズアップを多用する。ただそのままやるのでは、私のクリエーターとしての矜持(きょうじ)があるので、そこは将来のために実験と冒険をしようと、もちろん勝算があって、そういうものをきちんと体にしみこませようと。ちゃんと原点の映画サイズの基本的なやり方というのは自分なりにあるから、それにもう一つ引き出しを作るっていうね。ま、俳優としてはドラマはいくらでも撮ってもらっているわけだから、ただ、そこはおざなりじゃなくて、きちんとした確信を持ってやらないと失敗するので、一番気を使って撮りましたよね。

 クローズアップのシーンというのは意味がないと撮っちゃいけないんですよ。映画イズムを持ってドラマを撮るということを絶対に失いたくなかったので、そこはふんばりどころでしたね。好都合なのは警察ものと親子の関係性という(二つの大きな)テーマがあるので、そこでサイズが区別ができるんですね。そういうものはきちんと頭に入れて撮りました。

 −−物語の引っ張っていき方という部分で何かこだわりはありましたか。

 ありましたよね。家庭のところは緩やかという。気持ち的に緩やかなんだけど、決して幸せな家庭ではないので、そのへんの兼ね合いは難しかった。高良健吾君と水野絵梨奈さんの青春の場面はそんなにがつがつしないで、逆に情緒的に撮ろうかなというところがあってね。そういう意味ではダンスシーンもありますから、ダンスシーンと2人の心の葛藤をどういうふうにつなげるかっていうことの面白さっていうのがあって、警察のところは一番、テンポを出すことを考えて。かといってこれはあんまりガンガン行かないで、取調室というか、最後の方にちょっと面白いシーンがあるんですけど、そこはもう意図的にクローズアップを多用したということはあります。

 −−音楽が印象的でした。

 普通の刑事ドラマを裏切ってやろうという大前提があるので。自分としてはダンス音楽があるので、できるだけそれじゃないところは音楽を少なくしたいと思ったんだけど、やっていくうちに、ちょっと2割5分か3割くらい思ったより多かったかな。でもダンスシーンとの音楽の兼ね合いとしてはあれが適当、ちょうどさじ加減としてはよかったのかなと思うし。音楽担当がずっと映画で一緒にやってきた稲本響さんだから、そういう意味では2人で音楽の当てる場所もきっちりとここだ、もうちょっと薄くしろってやっていましたから。あとはいい意味での裏切り行為っていうかね、テーマ曲を3拍子でやった。みんな疑心暗鬼だったと思いますけど、自分は自信があった。ただ、3拍子の劇伴っていうのはほとんど誰も見たことも聞いたこともないわけですよ。今回はピアノで3拍子ですから、これは珍しいと思う。三拍子が揺れ動く父親役の島崎刑事の心がね、アンバランスというか、調和を取ろうとしても取れない、刑事、家庭と警察の仕事に揺れ動いているというのが出たらいいなと思って。

 −−奥さんが宮崎美子さんというのは奥田さんのご指名ですか?

 指名でしたね。「雨あがる」という映画を見て、「ああ宮崎さん、いいなあ、この人と夫婦をやってみたいな」っていうのがありまして、それで宮崎さんにお願いしたら見事に演じていただいて。宮崎さんっていうと、あれだけの分量の中でもきちんと家庭が描ける。それは母親の責任と悲しみと愛というのかな、それがただぼうぜんとしているだけでも撮れるっていうことがあるし、そしてラストの涙のところで母親でなければこういう思いをすることができないというシーンがあって、そんな芝居ができる人っていうのは僕の中でも何人かしかいない。その1人が宮崎さんだなと思った。自分が刑事になるってなったときからかみさんは考えますよね。だから宮崎さんしかなかったですよね。

 −−高良さんは?

 高良君はね、あれだけでたらめに売れまくっちゃって忙しいから、どうなんだろうと思っていたら、もう本当にスケジュールを調整してくれて、やりますということで、1カ月くらい(スケジュールの)ずらしを要して、それで全体的に高良マターでスケジュールを調整した。やっぱり一番向いてるし、見たかった俳優さんですので、1回、ドラマで親子をやってましてね、そのときはまだ出てきたばっかりで、ぼくとつとしていたんですけど、そのときも「ああこいつはいい役者になる」と思っていて、そうしたら、はやぶさのごとく上昇気流に乗ったじゃないですか。それを見ていて、ああやっぱり目に狂いはなかったなと思ったと同時に、家の娘が映画「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」で共演をしていたもんだから、その前に松田翔太は「長い散歩」で出ていてもらっていたし、じゃあこれで、高良君も(奥田)ファミリーに入れるかって(笑い)。ただ彼も大変だったと思うのはダンスが初めてですから。

 ましてや水野(絵梨奈)さんがね、めちゃくちゃうまいんだよ、ダンス。もともとダンサーになりたくてずっとやってて。結局200人くらいオーディションをして、最後のグループで彼女の名前出てきたもんだから、いや(もう決めたから)踊らなくていいんだけどっていったら、「いや、踊らせてください」って、踊ったんですよ。すごくうまかった。それで、実際17歳なんだけど19か20歳の役だからちょっと少し背伸びをするけれどこの役をやってくれないかって。

 −−大人たちにこのドラマのどこを見てほしいですか。

 どの家庭も思春期を迎えた息子や娘を抱えている家庭って往々にして父親というのは親子の関係から逃げがちなんですよ。その1人だけ火の粉を浴びているのが奥さんだったりするんですよね。逃げるのは簡単なんですけど、逃げられないところまで追い込まれると家庭はつぶれるから、絶対に逃げないで、娘や息子と対峙(たいじ)して、けんかもあるだろうし、ののしり合いもあるだろうけれども、それをやらないと何も生まれないんだよね。それと一番大きいのは、この映画でも第三者として水野さん演じる女の子が出てくるんですけど、そういう、どこの家庭でも必要なのは第三者。第三者にいかにいい人がいるかによって、まったく情緒が変わると思うんですよね。だから親はそれも観察して、ぜったいに頭から否定しちゃいけないし、そうしないと夫婦のきずながないと親子のきずなは絶対に持てないし、壊れる前に普段の積み重ねの努力をしないといけない。それは長い人生、決して遅いとか早いとかないわけだから、そういうものを中年の男性諸氏がこのドラマを見たときにふっと持ってくれるとうれしい。たぶん俺が演じている男の物憂げな顔は、会社行ったって、道歩いてたって、焼き鳥屋に行ったってそういう顔して歩いていると思うんですよ。だれもみんながダンスして(楽しそうに)踊っているわけじゃないですからね(笑い)。

 <プロフィル>

 1950年3月18日、愛知県出身。76年に俳優としてデビュー。個性派俳優として活躍しながらも、映画監督としても活動し、01年に「少女」で監督デビュー。06年の監督3作目「長い散歩」で第30回モントリオール世界映画祭グランプリ、国際批評家連盟賞、エキュメニック賞3冠獲得の快挙をなし遂げた。今回が初めてのテレビドラマの演出となる。

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