本木雅弘:「ライフ・オブ・パイ」で主人公の声を担当 「立体的な映像の迫力に引きこまれた」

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 「ブロークバック・マウンテン」(05年)や「ラスト、コーション」(07年)などで知られるアン・リー監督の最新作「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」が25日に封切られた。日本語吹き替え版で、主人公の声を担当した俳優の本木雅弘さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 本木さんは、これまでアニメの声優経験はあったものの、洋画の吹き替えは初めて。生身の人間が、違う言語でしゃべるタイミングに「すべて合わせなければならず」、また、「声だけでストーリーを説明し、感情を表現しなければならない」ことに苦労したという。

 原作は、英国の文学賞「ブッカー賞」を受賞したヤン・マーテルさんによる小説「パイの物語」。家族と動物たちを乗せた貨物船が嵐に遭い沈没。16歳の少年パイは、救命ボートにしがみつき、なんとか死を免れる。ところが、同じボートには1頭のベンガルトラ、“リチャード・パーカー”が隠れており、トラとの227日間におよぶ漂流生活を余儀なくされるというサバイバルストーリーだ。映画は、成長したパイが自身の驚くべき体験を語る形で進んでいく。本木さんが担当したのは、大人になってからのパイだ。

 洋画を見るときは「その役者がどういう息遣いで、どんな声を出すのかが楽しみの一つ」で“吹き替え派”ではなかったという本木さん。そんな本木さんが今回の仕事を引き受けた理由は「ファンであるアン・リー監督のたたずまいを間近で見たい」という思いからだった。その願いは、今作のプロモーションのためにリー監督が来日、16日に2人で一緒にジャパンプレミアイベントに参加したことでかなえられた。

 そもそも、今回のオファーが舞い込んだのは、仕事でロンドンに滞在していたときだった。本木さんはスケジュールが詰まっていたこともあり、受けるか否か躊躇(ちゅうちょ)した。そこで、ひとまず作品を見てから決めることにした。作品を見るまでは、よくあるサバイバルストーリーで、「子供と一緒に見に行くような映画かな」と思っていたという。ところが、作品を見るやいなやその先入観を打ち砕かれた。「3Dの映像を含め、リアルで、とにかく立体的な絵の迫力に引きこまれていった」という。そして、「いつしか自分も心の漂流をしながら映画に入り込み、最終的には、また別の真実を突きつけられ、自分の価値感を揺さぶられ、また振り出しに戻って見たくなりました」と興奮気味に語る。

 本木さんが吹き替えを担当した俳優は、「スラムドッグ$ミリオネア」「アメイジング・スパイダーマン」などに出演したインド出身のイルファン・カーンさん。本木さんいわく、「目鼻だちがはっきりした、でも、抑えた演技の中に静かな迫力が隠れているというタイプの方」で、「線が細い、薄味の自分とは、ちょっとテイストが違っちゃうけどいいのかなあ」という不安の方が大きく、声を吹き込みながら違和感ばかりが募っていったという。それでも、やり終えた今は「字幕がない分だけ映像の感覚がストレートに伝わってくる。せりふが音楽の一つとして聴こえてくる」と、吹き替えの魅力を改めて認識したようだ。

 これまで、リー監督の作品は、90年代の「ウェディング・バンケット」や「恋人たちの食卓」、00年代に入ってからは「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」などを見てきた。その都度、「映像美、画の作り方のうまさ」はもとより、観客の想像力に委ねる「物語の割愛の仕方」に心酔してきた。「どんな題材の話であっても(見る者の)心を漂流させてくれるのがアン・リー監督の作品」と、その魅力を表現する。

 そんな本木さんに、一観客として、今作で印象に残る場面を聞くと、「映画史上に残る展開だと思うラスト」とともに、「“事件”が起こる前の、(パイが)普通に家族を愛し、平和に過ごし、青春を謳歌しようとしていた中で恋人と出会ったシーン」を挙げた。そうした「一瞬の平和なシーン」があるからこそ、過酷な場面が効果的に映るという思いからだ。

 そして、「この映画は、たぶん、見る年齢によっても受け取り方の幅が変わると思う」といい、「小学生や中学生なら、冒険ものとしてスリルを味わうのに十二分だし、自分のように子供を持つ親、または伸び悩んでいる中年なら(笑い)、人生を叱咤激励するつもりで見ることができる」と薦める。さらに「主人公と同じ状況下に仮に陥ったときに、自分はどこまで行けるのかと想像したり、また、大きな傷やつらい思い出を持っている人が次のステージに行きたいと思ったときには、一見、過酷な映画ではあるけれど、最終的には希望のあり方みたいなものを、決して押し付けられるのではなく、素直に学ばされるようなところがある」と語った。

 実のところ、あの“モックン”がこれほどまでに冗舌な人だと思っていなかった。質問にもクールに淡々と答える、そんなイメージだった。それが、インタビュー中、ときおり爆笑が起こるユニークな回答でイメージは覆された。もし自分がパイと同じ目に遭ったら?という質問のときも「僕は、開き直ってからは早かったり、大胆だったりするんですけど、そこまでいくのにジクジクと悩むタイプなので、たぶん迷っているうちに食われるでしょう、それは見えている(笑い)」という分析に笑いが漏れた。自分の心情を率直な言葉に乗せて語る本木さんからは、それが“本心”からの言葉であることが伝わってくる。

 原作本にかけた白い紙のカバーには、小さい文字でびっしりと書き込みがされており、ときおりそれを見ながら質問に答えていた。「書き込み、すごいですね」と声をかけると、「これもほら、そうやって聞いてくれる人を待ってるの。こうやって書いたり、線を引いておかないと忘れちゃうからさ。それに、自分の言葉より他人の言葉を使ったほうが楽だから」と謙遜していた。そんな本木さんが今作について「3Dの最高峰だと思います。それは何より、技術による迫力というより、物語にピタリと寄り添って臨場感を盛り上げているという、一番、理想的な形」といい、「新しい技術を使っているにもかかわらず、きちんと物語の余韻が残っていることがすごい。映像の迫力だけを押し付けているのではない。そこが素晴らしい」と絶賛する。映画は全国で公開中。

 <プロフィル>

 1965年生まれ、埼玉県出身。81年、ドラマ「2年B組仙八先生」で俳優デビュー。82年に結成したアイドルグループ「シブがき隊」では、モックンの愛称で親しまれ、88年の解散まで活躍。その後、俳優として本格的に活動を始める。主な主演映画に「ファンシイダンス」(89年)、「シコふんじゃった。」(91年)。自ら企画を持ち込んだ「おくりびと」(08年)は米アカデミー賞外国語映画賞に輝いた。ドラマでは、「坂の上の雲」(09~11年)、「運命の人」(12年)での主演が記憶に新しい。

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