ライフ・オブ・パイ:アン・リー監督に聞く 3Dで「海で漂流しているパイの気持ちを味わってほしい」

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 英国の権威ある文学賞ブッカー賞に輝いた、カナダ人作家ヤン・マーテルさんによる小説を、名匠アン・リー監督が映像化した映画「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」が全国で公開された。PRのためにこのほど、リー監督が自ら来日。ちょうど来日の数日前、2月開催の米アカデミー賞で作品賞や監督賞など11部門でのノミネートが発表されたばかりで、その心境や、3D上映される今作の製作エピソードなどについて聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 映画は、乗っていた貨物船が暴風雨に遭い沈没。生き残った16歳の青年パイ・パテル(スラージ・シャルマさん)が、やはり生き残ったベンガルトラの“リチャード・パーカー”とともに、救命ボートでのサバイバルを続ける様子が描かれていく。

 リー監督は「トラは、いろんなものの象徴です。パイにとっての敵でもあり、恐怖でもある。そして、自然でもあり、神でもあります。そうしたものと共生するという謙虚な気持ちこそが、人間が生き延びるためには必要なのです」とリチャード・パーカーという重要なキャラクターについて、そう解説する。

 そのリチャード・パーカーの造形にはコンピューターグラフィックス(CG)の力を借りた。本物のトラ4頭に協力を願い、第1ユニットがメーンのストーリーを撮影している間、第2ユニットが、海の揺れを作り出す装置の上に乗せた彼らの動きを、何週間も撮り続けた。撮りだめた映像から、目や筋肉、しっぽの動きにいたるすべてを研究し、2年をかけてリチャード・パーカーを完成させていった。実際のトラの映像は14カットのみで、それ以外はCGだという。といわれても、両者を見分けることは難しい。それほどリアルだ。今作の製作には、3000人のスタッフと4年の歳月が必要とされたそうだが、その時間と労力は、そうしたところにも割かれていたのだ。

 今作は、一部劇場を除いて3D上映される。アクション満載の映画が3D上映されるのは珍しくないが、こうしたドラマ性の強い作品で3D技術が使われることは珍しい。リー監督は、3Dを使おうと思った理由に、これが、水の上の話であることを挙げ、「海で漂流しているパイの気持ちを、観客のみなさんに味わってもらいたかった」と説明。さらにトム・ハンクスさん主演のサバイバル映画「キャスト・アウェイ」(00年)を引き合いに出し、「これは漂流映画ですが、トム・ハンクスは出ていません(笑い)。ですから、(観客を引きつけるための)イベント性を持たせるためには、3Dという技術が必要だったのです」と、その意図を語った。

 3Dであることによって、伝わる情報量の多さも実感したようだ。モニター越しに見る俳優の表情は演技過剰に映り、「考えるだけでいい、演技は必要ないと俳優たちに指示を出すほどだった」という。その経験から「3D技術は、芸術作品やドラマにこそ使われるべきだ」との思いを深めたようだった。

 このインタビュー直前に開かれた記者会見では、アカデミー賞11部門ノミネートの感想を求められたリー監督。スティーブン・スピルバーグ監督の「リンカーン」が最多12部門ノミネートで一歩前を行くが、過去に自身は「ブロークバック・マウンテン」でアジア人初のアカデミー賞監督賞に輝いている。アカデミー賞について「芸術的に最も優れた作品が受賞するかというとそうではない」としつつ、映画人が選出するということで、「同業者に認められる満足感がある」と、その価値は認めている。受賞すれば、「世界的な場で、お世話になった方々に感謝の気持ちを伝えられる」貴重な場であることも承知している。

 しかし、「11部門もノミネートされたことは喜ばしいことですが、この作品は、完成させられたこと自体で満足。賞はボーナスのようなものですし、『リンカーン』にもグッドラックといいたい」と、結果にはあまり関心がないようだった。ただ、そのあとで、「2人のインド人俳優がノミネートされなかったのは残念。本来なら13部門ノミネートだと思っています」と補足した。インタビューの前日に開かれたジャパンプレミアで、日本語吹き替え版で大人のパイ(イルファン・カーンさん)の声を担当した本木雅弘さんに対する、「12個目のノミネートは、彼に与えられるべきだ」とのコメントは?と思わないでもないが、ともかく、柔和な表情で語ったその言葉には、カーンさんとシャルマさんに対する深いねぎらいと、リー監督の優しい人柄が表れていた。映画は25日からTOHOシネマズ日劇(東京都千代田区)ほか全国で公開中。

 <プロフィル>

 1954年、台湾生まれ。台湾の国立芸術専門学校を卒業後、渡米し、ニューヨーク大学などで映画製作や演劇について学ぶ。91年、「推手」で長編監督デビュー。その後発表した、「ウェディング・バンケット」(93年)、「恋人たちの食卓」(94年)は米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。その後、「グリーン・デスティニー」(00年)が、アカデミー賞外国語映画賞に輝き知名度をアップさせ、さらに、「ブロークバック・マウンテン」(05年)でアカデミー賞監督賞を受賞し名匠の地位を確たるものとした。ほかの作品に、「いつか晴れた日に」(95年)、「アイス・ストーム」(97年)、「ハルク」(03年)、「ラスト、コーション」(07年)、「ウッドストックがやってくる!」(09年)などがある。

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