建築家になった男性が大学時代の初恋の女性と15年後に再会する……。「初恋」と「建築」をテーマにした韓国映画「建築学概論」が18日から全国で順次公開されている。過去に大ヒットした恋愛映画「私の頭の中の消しゴム」(04年)や「私たちの幸せな時間」(06年)の興行成績を本国で6年ぶりに更新し、400万人を動員した作品だ。韓国の国民的スター、オム・テウンさんとドラマ「太陽を抱く月」のハン・ガインさんが現在を、今作でブレークしたイ・ジェフンさんとK−POPの女性アイドルグループ「Miss A」のスジさんが過去を演じる。大学で建築を専攻していたというイ・ヨンジュ監督が、映画に出てくる家の設計に自ら加わった。このほど来日したイ監督に話を聞いた。(上村恭子/毎日新聞デジタル)
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−−韓国で大ヒットした理由はなんだったと思いますか?
一つは90年代の回想ものだったこと。製作前は90年代は最近だから回想になるのかという反対意見がありましたが、出来上がった映画を見てみると、コンピューター一つとっても古かったりして、ちょっと前なんだけれども、もう昔なんだと思えます。二つ目は記者の人たちがちょうど90年代に大学生だった人が多くて、支持していただけました。
−−9回も見た男性がいて、男性ファンが多かったそうですね。
男性のほとんどの人が初恋の人ではない人と結婚しているから、感情移入できたのでしょう。奥さんと一緒に見にいったあと、2回目は一人で劇場に行って、3回目はDVDで見てくれた人もいた。お陰でDVDも売れました(笑い)。
本来、男性も恋愛ものが好きなんだと思います。女性は悲劇やファンタジー、情熱的な恋愛……例えば財閥の御曹司と身寄りのない女性が恋をする……といったものが好きですが、男性は違います。インターネットに女性が「こんなに煮え切らない男はうんざり」と書き込めば、男性が「君たち、男を分かっていない」と映画について話題にしてくれたお陰で興行のプラスになりました。
−−キャスティングが素晴らしかったのですが、演出はどのようにつけていきましたか? 特にスジさんは若いので、昔のもどかしい恋愛を理解するのに苦労はありませんでしたか。
オム・テウンさんとハン・ガインさんは売れっ子なのでスケジュールが忙しく、再会するシーンの撮影で初顔合わせでしたが、かえってよそよそしい感じがいいと思い、演技に注文はつけませんでした。ハン・ガインさんは初恋のイメージがあって、いろいろなCMに出演しているし、サバサバしていてソヨン役にぴったりでした。オム・テウンさんはのんびり屋で役のスンミンそのもので、私がびっくりしたほどです。
イ・ジェフンさんは大学1年生の役でしたが、実は撮影当時30歳近く。実力のある俳優なのでとてもいい演技をしてくれました。スジさんは初めての映画出演でぎこちない感じがしましたが、それが逆によかったと思います。最初は大丈夫かなと心配しましたが、昔の恋愛を理解するのに苦労はなかったと思います。相手役のイ・ジェフンさんとスジさんは実際10歳ほど年の差がありましたが、すっかり意気投合していました。2人が線路を歩くシーンではあまりにも自然で、カメラが回っていることさえ気づいていなかったようです。
−−映画のテーマは「初恋」ですが、監督にとって初恋とはどんなイメージですか? 主人公のスンミン(オム・テウンさん)は監督自身の投影なのでしょうか。
韓国では軍隊もそうだけど、「初恋」も経験しなければならない“成長痛”だと思います。痛みも時間がたつとなんでもなくなっている。傷つくこともあって恥ずかしい思いもするかもしれない。「大丈夫だ。これで成長したのだ」と、観客に若いころの自分を慰める気持ちになってくれるようメッセージを込めたつもりです。でも私はスンミンとは違って恋愛は得意でしたので(笑い)、あれほどもどかしい思いはしませんでした。
−−済州島で増築するソヨン(ハン・ガインさん)の家、2人の思い出の廃屋、スンミンの古びた実家、ソヨンの一人暮らしの小さな部屋……。家が人生を表していますね。
この映画のもう一つの大きなテーマが「家」でした。第5の主人公といってもいい。家をどうするのかが大きなウエートを占めていました。ソヨンの家を新築ではなく増築にしたのには意味があります。いつかは自分で増築の設計をしたいと思っていたのと、子どものころの思い出が残っている元の家にさらに建て増しするということがソヨンの人生を表し、映画自体を光らせると思ったからです。
−−映画は90年代アイテム(ポケベル、ヘアムース、携帯CDプレーヤー)が懐かしいですが、思い出の場面に出てくる「記憶の習作」という曲にはどんな意味合いがありますか。
この曲は94年に韓国で流行しました。91年にシナリオを書き始めたころはこの曲を使う選択肢はなかったのですが、製作が延びたお陰でこの曲を使うことを思いつきました。映画を見た人が「そういえばあのころ流行したなあ」とフラッシュバックすることで、映画への集中度を高められたと思います。スジさんは歌が流行した94年生まれなので、私と初めて会う日に車の中で聴いたと言っていましたよ。この曲は最近再発されて、チャートにも食い込みました。
−−その曲をソウルの建物の屋上で、スンミンとソヨンが携帯CDプレーヤーを使ってイヤホンから聴くシーンがとてもノスタルジックです。
ソヨンがスンミンに心を奪われる大切なシーンです。屋上から見える15年前のソウルの風景を完璧に再現しました。当時なかった建物を一つ一つ、コンピューターグラフィックス(CG)処理で消していったのです。
この部分の意味はもう一つ。これまでそれぞれの家で育ち、その周辺しか知らなかったスンミンとソヨンが、大学生になって遠出します。このとき2人はこの場所のことをよく知らないけど、ここは高級住宅地。大人になったときそれを知るであろうという皮肉な意味合いも込めています。
−−ソヨンは済州島出身で一人暮らしですが、スンミンは実家通いです。Tシャツを「洗濯しといて」と母親に頼んだり、冷蔵庫に文句を言ったりと、母親とのやりとりはとても楽しいシーンでした。誰にも経験あるようなこの親しみやすさが、感情移入できましたが、どういう思いでこのシーンを作ったのでしょうか?
スンミンの母親のモデルは私の母親です。だからあの家は、私の母の家の象徴なのです。私がこの映画を作るのに10年間もあきらめないでいられたのは、母のためでした。私は一軒家ではなく、20年以上も同じアパートで育ちました。引っ越すことになったとき、小学生時代のものがたくさん出てきてびっくりしましたが、母が取っておいたのでした。壁紙を何枚もはがしていき、最後の1枚になったとき、子どものころ見覚えのあった壁紙が出てきてとても懐かしかった。そのとき母に映画を作って見せたいという思いになりました。私が建築から映画の世界に転身したとき、母は猛反対しました。でも試写会の席で、多くの親戚を前に母は誇らしげだった。生まれて初めて親孝行ができたと思いました。
−−建築から映画に転身した理由は? 両者に共通点はありますか? また、今後撮りたい作品について教えてください。
設計事務所に勤めていたとき、課長や部長に5年後、10年後の自分の姿を重ねて、「こうなりたくない」と思いました。共通点というか……低賃金長時間労働は一緒です(笑い)。今後の作品でもう建築をテーマに撮ることはないですが、映画監督として美術、セットの空間を考えるとき、建築で学んだことは役立ちます。まだ次回作の構想は白紙で今は不安な状態です(笑い)。
<プロフィル>
延世大学の建築学科で学び、10年間建築士として働いた後、映画の世界に転身。ポン・ジュノ監督「殺人の追憶」(03年)で演出をしながら、映画を学んだ。今作の企画を温めながら、「不信地獄」(09年)で監督デビュー。「JSA」(00年)で知られる製作会社「ミョンフィルム」と出合って今作が完成した。
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