西田二郎のテレビの種:「倍返し」いや「100倍返し」を実現した音楽界の「半沢直樹」

“100倍返し”を達成した?「back number」の武道館ライブ
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“100倍返し”を達成した?「back number」の武道館ライブ

 「ダウンタウンDX」を20年にわたって作り続け、「ガリゲル」では、ツイッター連動など新たな取り組みに挑戦している読売テレビの西田二郎チーフプロデューサー。人気バラエティーを生み出す「種」はどこにあるのか? 西田Pの心に映る“よしなしごと”を徒然なるままにつづってもらった。

ウナギノボリ

 日本中が、ドラマ「半沢直樹」一色。そしてオリンピック決定と、まるで高度経済成長時代をトレースするかのようなイケイケなムードに、時代の舵(かじ)が切られていく現在、その時代の到来を予見したかのように、音楽界でさながら「半沢直樹」を演じる男がいた。ーー彼の名は、清水依与吏(いより)、センチメンタルな男と女の恋心を切ないながら、力強い歌声で、聞くものを圧倒し、注目されるバンド「back number」の若手ロックシンガーだ。9月7日の武道館のステージ、リオで日本のオリンピック招致チームが、新しい日本の未来のために、緊張のスピーチを続ける中で、彼は倍返しを実践しているのを僕は目の当たりにした。

 さかのぼること7、8年前、彼は大きな失恋を経験する。まさかの略奪~好きで好きでたまらなかった人があっさりと自分の元を去っていく衝撃。彼女を略奪したのは、年の頃もあまり変わらないバンドマンだったそうだ。そんな彼の解決できない心の闇は、そのまま「いつか見返してやる」~まさに「倍返し」~を実現するために動き出す、それも略奪された彼と同じ音楽という世界で、彼を追い越し、立派になって彼女をもう一度振り向かせたいというものだった。

 それまで音楽に見向きもしなかった彼のその解決策に、誰もが疑問を抱かずにはいられないはずだが、半沢が父親を殺した銀行にどうして入行としようとしたのかを考えると、今なら間違った解決策もまんざらではなかったのかと思えてしまう。とまれ、彼の音楽活動の根底の恋の呪怨(じゅおん)は、若者の心にある恋のモヤモヤを一気に共感させるアクションとなって、不思議にわしづかみにしていくことになる。

 その理由はあった。いままで、一定のきれいごとで語られる予定調和な音楽界の恋の世界に、格好わるい恋の主人公を登場させる。彼のメロディーは圧倒的なリアリティーをもって殴り込み、大歓迎を受けることになる。思惑以上に音楽性を評価される彼も、最初は戸惑ったが、見返すための「武道館」までは、いちいち振り返ることもできない。彼のデモ音源が隣のデスクから聞こえてきたその一瞬で、メジャーへの光を確信したユニバーサルミュージックのプロデューサーは、それから彼らとともに新しい音楽の世界を歩み始める。メジャーデビューを前に2011年初頭、音楽配信サイトiTunesで限定公開された「幸せ」を聞いたとたん、僕の背中に電流が走り、関西で展開するバラエティー番組「ガリゲル」の人気企画「あいたい」のテーマ曲に抜擢するや、関西でも火が付き、彼らの武道館の道は大きく開かれていくのだった。一瞬で人々の心をとらえる彼らの音楽にメディアも虜(とりこ)になっていく。女々しい負け組の恋心は、「いつかは気づいてほしい、分かってほしい」という時代の恋愛観にマッチして、いつしか「センチメンタルロック」と呼ばれるようになる。

そのころからか、そのあとからかは定かではないが、清水の中には、もはや武道館の「倍返し」は、確定事項でほどなく実行できるものと思っていったのだろう、音楽への向き合いが支えてくれるファンやスタッフの顔を意識して変化を遂げつつあったのだ。

 「倍返し」に共感する視聴者が多いのは事実。その倍返しの本意とは、やるべきリアリティーなのではないのか? 単なる仕返しに同調したり拍手するというような薄っぺらいヒューマニズムではなく、ドラマにここ最近感じられなかった「リアリティー」を、「倍返し」という装置は教えてくれたのではないかと。そう考えると清水が実践した「見返して」やりたい「倍返し」の気持ちも、音楽の世界でのリアリティーとなって説得力をもちそうだ。確かに、ドラマに限らず仕事も人生も、最近はなぜやらなければならないのか?が欠損してどこかゲームのようになったり、空虚な数字合わせだけの成果主義に陥ったりと、生きてるリアリティーを感じることが少なくなりすぎた。それを痛快なまでに「倍返し」はリアリティーを復権してテレビにまた新たな息吹を与えたのだ。

 同じように「back number」も将来の音楽界を背負う大きな存在になっていくだろう。彼がステージで何度も涙ぐんで「ありがとう」を連発し、「倍返し」を実現した目に映ったものは、「見返し」たいはずのあの人たちではなく、リアリティーに共感してついて来てくれたの熱い思いを持ったファンやスタッフだった。言われれば、すでに我々も半沢の個人的な「倍返し」を見たいだけでなく、半沢のもつビジョンを共有したいまでにのめり込んでるではないか?音楽の世界の半沢直樹は日本の音楽を背負う覚悟が出来たと見た。さながら半沢がいずれメガバンクを背負っていくように。

  ◇プロフィル

1965年生まれ、大阪府寝屋川市出身。89年、読売テレビ入社。「ダウンタウンDX」「ガリゲル」などを演出。テレビのソーシャル連動にいち早く取り組み、自身のツイッターのフォロアーは12万を超える。

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