海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く プロローグ編8

アツシのそばで眠る女性・オンディーヌ。彼の仕事は、ただ彼女を凝視めることだけ。 (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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アツシのそばで眠る女性・オンディーヌ。彼の仕事は、ただ彼女を凝視めることだけ。 (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇プロローグ編8 オンディーヌ

 深夜零時。カレンダーがかたりと音を立てて、日付変更線を越えていく時刻。

 西野さんが部屋を去ってから、五時間が経った。

 深夜の神殿は静かで、ひとりでいると、宇宙空間に投げ出された人工衛星みたいな気分になる。

 ひとりきりの世界。でも本当に誰もいないかというと、実はそうでもない。

 ぼくの側には、ひとりの女性が眠っている。その人は無口で、一緒にいても何も話してくれないだけだ。ぼくはその人のことを、オンディーヌと呼ぶ。

 ぼくの業務はオンディーヌを凝視めることだ。

 真夜中にひとり目覚めていると、ぼくがオンディーヌを凝視しているのか、オンディーヌがぼくを見守ってくれているのか、わからなくなってしまう。

 夜明けは近い。

 いつもは夜が明ける前に眠るようにしているけれど、今夜は眠れそうにない。

 朝の光に包まれながら業務日誌を書き上げる。最後にもう一度、日付を確認する。業務を始めた頃は、明け方に記載する業務日誌の日付をよく、前日と間違えたものだ。

 それは、夜の時の流れはひとつながりなのに、真ん中に日付の分水嶺が存在するせいだった。

 

▼2018年4月9日(月曜日)。晴れ。気温9.5度。風力0。環境温度4.1℃。全身状態良好。ガンマGTP値、2.6ナノグラム・パー・ミリリットル、正常範囲内。スーパーバイザーによるシンプルチェックにてカテコラミン値のフォローが甘いとの指摘あり。今週の土曜日に再度スーパーバイザーがチェック予定。

 

 業務日誌を書き終えたぼくは、ブレザーの制服を着、鏡に向かって身だしなみを確認する。

 困難なミッションを達成したら、また退屈な毎日が始まる。

 今日から中等部の最高学年になるという高揚感は、全然なかった。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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