イッセー尾形:「数字に換算されない生き方を教わる」 「55歳からのハローライフ」第5話主演

NHK提供
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 村上龍さんの短編小説集「55歳からのハローライフ」(幻冬舎)が、全5話のオムニバスドラマとして毎週1話ずつ放送されている(NHK総合毎週土曜午後9時)。各話とも50代半ばから60代前半という人生の折り返し点を過ぎた中高年を主人公に、将来への不安を抱えながらも新たな道を探る姿を描く。最終話となる第5話「空を飛ぶ夢をもう一度」ではイッセー尾形さんが、勤務先の出版社がつぶれ、「ホームレスになるかもしれない」という恐怖や不安を抱え、水道工事の誘導員として生計を立てている60歳の主人公を演じている。イッセー尾形さんに役どころやドラマの見どころについて聞いた。

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 ◇自分が考えている人生ではない生き方を発見する

 今回演じた主人公・因藤茂雄(いんどう・しげお)について、イッセーさんは「ホームレスになったらどうしようと思い込み、負のスパイラルに落ち込んでいくパターンはよく分かる」と共感したといい、「一度そのモードに入ってしまい抜けられない中でもがき、自分としては前に進んでいるつもりがどんどん引きずられ、自分を大切にしなくなる」と表現する。そして、「自分では大切にしているつもりが自分の幸せからどんどん遠のいていくことに気が付かないという因藤の回路はよく分かります。そういう回路で一人芝居のネタも作ってきた気がします」と自身と重ね合わせ、「因藤自体が“等身大”ですから(役どころに)すぐ入っていけました」と振り返る。

 原作での並びとは異なり、ドラマでは今作が最終話を飾る。「こうしなければいけないと思っていた人生ではない生き方があることを、ささやかだけれども発見した」と因藤は人生に意義を見いだす。「(因藤は)お金や見えやヒエラルキーなど数字に換算されるものではない生き方を(50年ぶりに再会した友人の)福田(火野正平さん)から教わる。因藤と福田がもう一回、平等な関係になることを60歳を過ぎてまた体験する」ことに意味合いがあるのではと語る。

 ◇僕にとっての生々しさは火野さん

 五つのエピソードの中で今作が最も生々しく痛々しい。そんなシーンの撮影もイッセーさんは「すごく楽しい」と笑顔を見せ、「台本は生々しく痛さもありますが、演じるときは息遣いやちょっとした仕草などスタッフ陣がディテールを全部すくい取ってくださることで、遠めから見ると悲劇に見えるかもしれないけれど、“悲劇と喜劇を区分けする以前のところ”を過ごしているような気がします」と独特の言い回しで現場の楽しさを語る。

 イッセーさんが撮影現場を楽しいと感じるもう一つの理由に福田役を演じる火野さんの存在がある。当初は「僕にとってはすごく遠い存在だったのでうまくいくのか不安もあった」というが、顔を合わせてみると「僕とは価値観が全然違うからこそ一緒にいて安心するし、楽しい。毎日、火野さんに会いに行くのが楽しくなっちゃいました」と笑う。「火野さんと僕自身の関係が台本の裏側にあって、それが台本を通してどういう完成品になるか楽しみ」と期待を寄せ、「僕にとっての生々しさは火野さんです」と言い切る。

 ◇自分自身の変化と因藤の変化がリンク

 ドラマでは因藤が福田と出会うことで自分の人生を見つめ直していく。イッセーさんは「福田はいろいろあったと思うけど、(因藤から)水をもらったことを忘れないという感性は“詩人”」と評し、「こんな人生じゃなかったはずだと思っていた2人が還暦を迎えて、個人を超えたもっと大きなリズムの中で出会った。中途半端に40代で会うと、こうはならないはず」と表現する。イッセーさん自身は「こんなはずじゃなかった」と考えることはないが、「自分が役者という職業を選んだことは不思議です」と明かす。「子供のころは役者になろうとは思ってなかったので子供のころの自分からいわせれば『こんなはずじゃなかった』かもしれません」と笑う。そして、「今の僕は『こんなはずじゃなかった』とは思わないですし(役者が)天職だと思っています」と胸を張る。

 所属事務所から独立し個人事務所を設立した経歴を持つイッセーさんは「僕自身の変化と、因藤が福田と出会って変化するという状況がすごくリンクしている」と共感を覚えたという。

 イッセー尾形さんは60代を迎えた今、「評価を気にしないというか、もっと楽なところから創作ができるはず」と考えるようになり、「数字で計れないものに価値を見いいだしてみよう」という視点の変化があったことを認める。そのことが「因藤とダブるところがあり、僕もうすうす感じていたことでもありますから、(自身の気持ちに)ドンピシャの作品に出合ったと思っています」と感謝している。

 ◇60歳の男たちのロードムービー

 印象に残ったシーンとして因藤と福田が山谷にある旅館を訪れる場面を挙げる。「メークさんが頑張って70人のホームレスを作って、そこに(2人が)冥界のように降りていく。もやみたいなのがかかっていて、戦意喪失したような人たちの中から福田を連れ出すシーンが強烈でした」と明かす。「あれよあれよという間に福田と付き合っているとそこへ行く。そこで彼を救い出そうとして、実は自分も救い出そうというシーン。非常に大事な場面で印象深い」と重要度を解説する。

 今作についてイッセーさんは「イッセー尾形と火野正平のロードムービー」と銘打ち、見どころを「ロードムービーというと普通は田舎のほうに行きますが、これは都会の中をさまよう。60歳の男たちによる心や時間のロードムービーでもあります」と語った。

 *……「55歳からのハローライフ」は“老いていくことの希望”を描く5編のオムニバスドラマ。6月14日からNHK総合で午後9時~9時58分に放送。主演は、第1話「キャンピングカー」にリリー・フランキーさん、第2話「ペットロス」に風吹ジュンさん、第3話「結婚相談所」に原田美枝子さん、第4話「トラベルヘルパー」に小林薫さん、第5話「空を飛ぶ夢をもう一度」にイッセー尾形さん。

 (インタビュー・文:遠藤政樹)

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