小野憲史のゲーム時評:注目のスクエニ子会社 ゲーム機が買い換え不要に?

スクウェア・エニックス・ホールディングスの子会社「シンラ・テクノロジー」のロゴ
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スクウェア・エニックス・ホールディングスの子会社「シンラ・テクノロジー」のロゴ

 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、現在はゲーム開発と産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」代表の小野憲史さんが、ゲーム業界の現在を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回は、ゲームショウの期間中に設立が発表されたスクウェア・エニックス・ホールディングスの子会社「シンラ・テクノロジー」について語ります。

ウナギノボリ

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 今一つ盛り上がりに欠けた今年の東京ゲームショウだが、会期中の9月19日に面白い発表があった。スクウェア・エニックス・ホールディングスが、クラウドゲーム事業を手がける100%子会社「シンラ・テクノロジー」を設立したことだ。同社は停滞気味のゲーム業界において、久々に登場した「ルールチェンジャー」になる可能性がある。

 背景にあるのは半導体の技術革新の鈍化だ。これまで半導体の技術革新は設計プロセスの微細化によって担保されてきたが、微細化が量子レベルまで進んだ結果、これまでと同じペースで性能向上を続けることが困難になってきた。そのため現在は一つの半導体に複数のコア(処理回路)や機能を内蔵する方向で研究開発が進んでいるが、見通しは不明瞭だ。そのため半導体を搭載するPCやゲーム機も影響を受ける。

 これに対してシンラ・テクノロジーではスーパーコンピューターで用いられる分散処理技術をゲームの処理に応用する。プレーヤーが所有するゲーム機ごとに、個別に処理を実行するのではなく、サーバ上にある複数台のコンピューターで分散処理をする。そして、その結果をインターネットを経由して、各家庭の端末にストリーミング配信するのだ。サーバ側で集中して処理を行うため、端末の性能によらずに最高級のゲーム体験ができる。

 ポイントは「分散処理」と「ストリーミング配信」だ。このうち後者はすでに商用サービスが始まっており、プレイステーション4向けに北米でオープンベータテストが始まった「PlayStation Now」もこの技術を応用している。しかし、これだけではゲーム機とテレビをつなぐケーブルが、いわばインターネットに置き換わっただけ。これに対してシンラ・テクノロジーでは、分散処理によって劇的な性能向上が見込めるため、より豪華なCG(コンピューターグラフィックス)でゲームが可能になるというわけだ。

 今後シンラ・テクノロジーでは2015年の早いうちに1000人規模のベータテストを実施し、2016年の一般サービス実施を目指すとしている。同社自体は技術開発と企画に徹し、広範囲な企業提携を通して一般ユーザー向けのサービスを展開する方針だ。スクウェア・エニックスからタイトル供給は受けるが、プラットフォームホルダーとして中立性を保ち、他社からのタイトル供給も歓迎するとしている。

 仮にこの試みが大成功すれば、ハードウェアに寄らない、バーチャルなゲームのプラットフォームホルダーが、世界規模で誕生することになる。ゲーム開発者はハードウェアの性能から解放され、より自由なゲーム開発が可能になるだろう。プレーヤーはゲーム機を数年ごとに買い換える必要がなくなり、常に新鮮なゲームが楽しめるようになる。

 特に現在ゲーム業界では家庭用ゲーム機向けの大作ゲームと、スマホ向けのカジュアルゲームで二極化が進んでいる。そのため「ゲームらしいゲーム」を求めるゲーマー向けのタイトルが減少している。シンラ・テクノロジーは現状を、異なるアプローチで変革したいというわけだ。

 そのためには良質なゲームソフトを、いかに大量にそろえられるかが鍵を握る。しかも他機種のゲームの移植作ではなく、シンラ・テクノロジーの技術を生かした、オリジナルタイトルが必要だ。そのためには、まずシンラ・テクノロジーの技術仕様を早期に公開し、各種ゲームエンジンとシンラ・テクノロジーをつなぐSDK(開発キット)を無償配布することだ。特に近年では大手企業でも「ユニティ」や「アンリアル」といった商業ゲームエンジンを用いた開発が一般化しており、ゲームエンジン向けSDKの配布は必須条件となる。

 次にシンラ・テクノロジーの魅力をゲーム開発者向けに解説し、ゲーム開発を促すエバンジェリスト(伝道師)の存在をアピールすることだ。その上でゲーム開発者のコミュニティーを育成する必要がある。成功したゲームエンジンやミドルウェアには、必ず優秀なエバンジェリストや開発者コミュニティーが存在する。この育成が鍵を握るといっても過言ではない。

 シンラ・テクノロジーが成功するかどうかは未知数だ。しかし、彼らが掲げた「分散処理」と「ストリーミング配信」の組み合わせは、新しい技術トレンドになる可能性がある。しかし、技術的に正しいからビジネスに成功するわけではないのは歴史をひも解いても明らかだ。そんな中、いかに理想に向かって猪突(ちょとつ)猛進できるか、その速度感に期待したい。

◇プロフィル

 おの・けんじ 1971年生まれ。山口県出身。「ゲーム批評」編集長を経て2000年からフリーのゲームジャーナリスト。2008年に結婚し、妻と猫3匹を支える主夫に“ジョブチェンジ”した。2011年から国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表に就任、2012年に特定非営利活動(NPO)法人の認定を受け、本格的な活動に乗り出している。

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