翔んで埼玉:“埼玉人”がおすすめする今こそ見たい“埼玉下克上アニメ”

もはや埼玉ディスや、埼玉下剋上は、埼玉を「ダサい」と思っている日本国民全体を笑わせて、元気にすることができるひとつのジャンルなのだと思います。
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もはや埼玉ディスや、埼玉下剋上は、埼玉を「ダサい」と思っている日本国民全体を笑わせて、元気にすることができるひとつのジャンルなのだと思います。

 「パタリロ!」で知られる魔夜峰央さんの“埼玉ディス”マンガを実写化した映画「翔んで埼玉」が興行収入25億円超えの大ヒットを記録している。毎週100本以上(再放送含む)のアニメを見ているアニメウォッチャーで、生まれも育ちも生粋の“埼玉人”の小新井涼さんが今回のヒットにちなんで、3本の“埼玉下克上アニメ”を紹介する。

ウナギノボリ

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 実写映画「翔んで埼玉」が、日本全国で大ヒット上映中です。強烈すぎる埼玉ディスが注目されがちですが、実はそれを笑いと熱さに昇華させることで、散々馬鹿にしていたはずが最後には「やるじゃん埼玉」と思わされてしまう、ある意味「埼玉下剋上作品」ともいえる素晴らしい映画だと思います。

 ちまたではそんな実写映画が流行っていますが、実はアニメの方にも、思わず「やるじゃん埼玉」と思ってしまうような「埼玉下剋上作品」があるのを皆さんはご存知でしょうか。今回はそんな埼玉下剋上アニメを、埼玉県鴻巣市で生まれ育った生粋の“埼玉県人”の自分が、独断と偏見により選ばせていただきました。「翔んで埼玉」が流行っている今だからこそ、実写映画と合わせてぜひチェックしていただきたい3本を紹介します(ネタバレ部分もあるので、気になる方はご注意ください)。

 一つ目は、あの国民的アニメ「ルパン三世 カリオストロの城」です。

 一見、埼玉要素なんて1ミリもなさそうに思えますが、実はこの映画で出てくる銭形警部が率いる機動隊の警察車両には「埼玉県警」の文字が書かれています。理由は「銭形警部の出身地が埼玉だから」、「西大滝町に赴任したことがあるから」、「埼玉県警に出向した時のコネクションを使ったから」などなど、ファンの間でも諸説ささやかれているようです。

 しかし真相はどうであれ、ヨーロッパを舞台とした本作にいきなり出てくる「埼玉県警」の文字には強烈なインパクトがあるのは間違いありません。何より、わざわざ埼玉からカリオストロ公国にまで出向いて、異国の地でカーチェースを繰り広げ、時にはカップ麺をすすりながら一心にルパンを追いかけるそのいじらしい姿には、ライバル側ながら健闘をたたえたくもなってしまいます。「カリ城」はそんな影の功労者に、思わず「やるじゃん埼玉(県警)」と思ってしまう、埼玉下剋上アニメであると思うのです。

 二つ目の作品は、VR世界にフルダイブしたゲームプレーヤー達の物語を描く超人気作品「ソードアート・オンライン」の劇場版、「ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」です。

 劇場版完全オリジナルストーリーの本作は、それまでのシリーズと違いVR(仮想現実)ではなくAR(拡張現実)を題材としているため、ゲーム内ではなく現実世界で物語が展開します。しかしその舞台となるのは秋葉原、恵比寿、代々木、新宿といった東京都内がほとんどで、こちらも一見すると埼玉の出る幕はありません。

 ところがそんな中で、主人公たちが事件に巻き込まれながらも、映画を通して必死に果たそうとする「ある約束」が実現する重要な場所として選ばれたのが、何と埼玉県小川町にある堂平山だったのです。散々舞台となった東京の町々を差し置いて最後に一番おいしいところを持って行った堂平山に、思わず「やるじゃん埼玉」とニヤついてしまう、本作はそんなさり気ない埼玉下剋上アニメであると私は思っています。

 最後の作品は、ヤミ(闇)に覆われそうになる世界を救うため、正義のヒーローキラデコ5(ファイブ)である少年少女達とジュエルペットが力を合わせるドタバタ女児向けアニメ「ジュエルペット きら☆デコッ!」です。

 本作の人間側の主人公は、埼玉県さいたま市大宮区出身の女子中学生、その名も「大宮ぴんく」といいます。湘南新宿ラインで渋谷に通うイケてる女子高生になりたいという夢からも察せられるように、埼玉の女子なら一度は抱く“ダサい玉コンプレックス”を持った女の子です。

 そんな彼女の心境が変わって埼玉下克上が起こるのは、ぴんくが敵のヤミ魔法によって、自分が渋谷区立渋谷高校に通うイケてる女子高生になった夢の世界に閉じ込められる第50話以降のことです。始めは夢にみた女子高生ライフを満喫してしまうぴんくですが、共に友情を育んだジュエルペットの呼びかけによって、最後にはヤミ魔法の誘惑を断ち切り、夢の世界から抜け出すことに成功します。そうして帰還したぴんくは、敵のボスに向かって、あれだけコンプレックスに思っていた埼玉を肯定し、「埼玉は彩の国って言われてるのよ! 彩とはいろどり! いろどりはデコ! つまり埼玉は美しく光輝く宇宙の起源! 宇宙の中心!……」という故郷愛あふれるセリフを放つまでに心境を変化させるのです。

 最後は彼女や仲間たちの力によって、敵のボスによる“さいたまウルトラアリーナ”をブラックホールにして世界中のリア充を吸い込み、大宮(オオミヤ)を大闇(オオヤミ)に、11月14日の埼玉県民の日をヤミの記念日にして世界中をヤミで覆うというもくろみは阻止されます。そしてこの一連の出来事を経たぴんくは、見た目やステータスにこだわらなくても、心が輝いていればイケてる女の子になれることを知り、最終回では湘南新宿ラインの“高崎行”で通学する女子高生へと成長するのです。

 埼玉県民特有のコンプレックスをいじりながらも、最終的にはそれを受け入れ、埼玉を肯定できる自分に成長してゆく姿も描かれた、まさしく隠れた埼玉下剋上な作品であると私は思っています。

 ここまで3本のアニメを紹介してきましたが、「翔んで埼玉」も含めたこれらの作品には、「もし埼玉以外の都道府県であったら下剋上作品にはならなかっただろう」という共通点があると思います。下剋上というのはその字面の通り、下の者が上のものに打ち勝つということ、つまり県民自身でさえ「何もない県」と自虐ネタにするような「ダサい」というイメージが日本全国に浸透している埼玉県じゃないと、その前提が成り立たないからです。

 一見ネガティブにも思えるのですが、そのイメージがあることは決して悪いばかりではありません。何故なら、そうした共通認識があることは、ディスられながらも必死に頑張っている姿に思わず心が打たれたり、弱い立場のものが下剋上を起こす爽快感に胸が熱くなったり、県民ではなくても埼玉県に感情移入するための助けになると思うからです。今回「翔んで埼玉」が、埼玉県はもちろん、日本全国でこれだけのヒットとなっていることが何より証明していますが、もはや埼玉ディスや、埼玉下剋上は、ローカルな地域でしか通用しない県民あるあるではなく、埼玉を「ダサい」と思っている日本国民全体を笑わせて、元気にすることができるひとつのジャンルなのだと思います。

 疲れた人や、元気がない人、自分はダメだと思っている人は、「いいところは思い浮かばないけど、頑張っている姿をみると何だか元気が出てくる埼玉県」が活躍するこの「埼玉下剋上作品」たちをぜひご覧になってみてください。

 ◇プロフィル

 こあらい・りょう=埼玉県生まれ、明治大学情報コミュニケーション学部卒。明治大学大学院情報コミュニケーション研究科で、修士論文「ネットワークとしての〈アニメ〉」で修士学位を取得。ニコニコ生放送「岩崎夏海のハックルテレビ」などに出演する傍ら、毎週約100本(再放送含む)の全アニメを視聴して、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続中。「埼玉県アニメの聖地化プロジェクト会議」のアドバイザーなども務めており、現在は北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程に在籍し、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。

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