グッバイ、ドン・グリーズ!:世界と自分を対峙させる 「よりもい」で描けなかったテーマを深掘り いしづかあつこ監督インタビュー

「グッバイ、ドン・グリーズ!」を手がけたいしづかあつこ監督
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「グッバイ、ドン・グリーズ!」を手がけたいしづかあつこ監督

 アニメ「宇宙よりも遠い場所(よりもい)」などで知られるいしづかあつこ監督が手がける劇場版アニメ「グッバイ、ドン・グリーズ!」が、2月18日に公開される。いしづか監督が脚本も手がけ、吉松孝博さんがキャラクターデザインを担当し、マッドハウスが制作するなど「よりもい」のスタッフが再集結したことも話題になっている。「よりもい」では、女子高生が南極を目指す姿が描かれたが、「グッバイ、ドン・グリーズ!」の主人公は少年たちだ。少年たちは、冒険を通じて世界と対峙(たいじ)することになる。いしづか監督に、同作に込めた思いを聞いた。

ウナギノボリ

 ◇少年たちを主人公にした理由

 そもそも「よりもい」も2014年に放送された「ノーゲーム・ノーライフ(ノゲノラ)」のチームが再集結して制作された。「ノゲノラ」「よりもい」の流れがあり、「グッバイ、ドン・グリーズ!」が生まれた。

 「『よりもい』を制作している時から、現場の雰囲気として何となく『このままこのスタッフで引き続きやります?』という空気がありました。『よりもい』のスタッフの方々から『また一緒にやりたい!』と言っていただけていたんです。もちろん、私もやりたい気持ちで、次の企画を考えながら、『よりもい』の最終回に向けてラストスパートをかけていく……とクロスフェードしていきました。『ノーゲーム・ノーライフ』の時からずっとクロスフェードでつながっているんです。スタッフの方から『こういうことをやりたい』と提案もしていただくこともあり、お互いにやりたいことができる関係性ができていると実感しています」

 「グッバイ、ドン・グリーズ!」は、少年たちがいつもと違う夏休みの冒険の果てに、炎と氷の国・アイスランドにたどり着くことになる。なぜ、少年たちを主人公にしようとしたのだろうか?

 「『よりもい』でオリジナルストーリーを描く中で考えたことがありました。彼女たちが家族よりも近い絆を手に入れ、友達というものを突き詰めていったのが『よりもい』でした。『よりもい』ではテーマがブレてしまう可能性があると判断し、オミットしたのが、世界と自分を対峙させる目線です。自分、人生と世界をテーマにすることを考えていた中で、男の子がいいと思ったんです。昔からよくあるヒーローものの多くは、男の子が主人公です。今でこそ女の子が主人公の作品もありますが、女の子が主人公の場合、身近なものを救う作品が多かった。男の子の方が、世界と自分を対峙させることができるかもしれない。排除したテーマを掘り下げていき、男の子になったんです」

 少年たちを主人公にしたから、できた表現もあった。

 「『よりもい』でできなかったことに、フィジカルの追い込みもあります。女の子は、地面に放り出しにくいですから。世界を見下ろすような思い切った行動をさせるのなら、多少勢い任せに体を張るくらいがちょうどいいかな?と(笑い)。彼らにむちゃな冒険をさせています」

 少年たちは転げ回るし、動き回る。ダイナミックな表現、アクションは、映画館の大画面でも映える。

 「実写でやるとウソになっちゃいますが、アニメのキャラクターだからコミカルになります。アニメならではの表現です。テレビアニメと違って、映画はロングサイズで撮ることが多く、全身のシルエット、アクションが大事になります。リアルな重力感を見せるよりも、ダイナミックでコミカル、痛さを感じさせない芝居を意識していました。あれだけ大胆に転がると、起き上がる時にガクガク震える芝居を入れて、痛く見えるようにするかもしれませんが、彼らの体はスーパーボールみたいなんです。作品のテーマに関わるところですが、あえて痛みのリアリティーを外したところもあります」

 アイスランドの美しい風景を大画面で堪能できるのも魅力だ。自然の恐ろしさも感じる。

 「ただ美しい自然ではなく、アイスランドのたけだけしく荒涼とした大地、畏怖(いふ)を感じる自然がテーマに合っていたんです。彼らに人の命を簡単に奪いかねない場所に立ってほしかった」

 ◇繊細な感情表現の秘密

 「よりもい」もそうだったが、いしづか監督の作品は、キャラクターの感情表現が繊細だ。感情を表現する中で、せりふが大きなポイントの一つになっているという。

 「せりふの間の取り方がアニメ的じゃないのかもしれません。編集さんからも『実際にしゃべっている会話を切り取ったようだ』と言われたことがあります。普通の会話、特に気心知れていると、相手が何かを言い終える前に自分の言うことが決まっていますし、句読点を意識していません。台本のせりふには、句読点が存在していて、一般的に句読点に合わせてブレスを入れます。私のせりふは、変なところで間を取ることがあるので、台本を書く際は句読点を極力入れないようにしています。演者からすると、感情を表現しながら、キャラクターの表情を見ながら、普通にしゃべっているようなテンポ感でお芝居することになります。非常にハードルが高いのですが、それができる方たちだったから、まるで(先に声を収録してから映像を作る)プレスコのようなテンポ感で掛け合いをしていただけました」

 ロウマ(鴨川朗真)役の花江夏樹さん、トト(御手洗北斗)役の梶裕貴さん、ドロップ(佐久間雫)役の村瀬歩さんと少年たちを演じるのは、人気、実力を兼ね備えた声優だ。彼らだったから、高いハードルを越えることができたのだろう。独特のテンポ感は、生っぽさも感じる。

 「文字で尺を切っていなくて、感情で尺を切っているのかもしれません。何でだろう? 実写の映画や海外ドラマをよく見るので、そのリズムが身についているのかもしれません」

 繊細なのは会話だけではない。キャラクターの表情、カメラワークなども繊細で、感情がジワジワと伝わってくる。

 「人間は、顔に出ていること、言葉で出ること、心の中が全部違うことが普通にあります。記号として表情、せりふで感情を表現しなくても、意外に伝わるんです。例えば、言葉で『僕は、こういう理由で怒っている』と表現するのではなく、せりふを削り、顔や態度だけで表現することもできます。本当に怒っている時はそんなことを言わないですしね。言葉で表現して、怒っている顔を表現すると、怒っている理由がその言葉だけに限定されてしまいます。怒りの理由は複合的で、その複雑な感情を説明する言葉はありません。エモーショナルな瞬間は、言葉にならないことがあるんです」

 過剰に説明しなくても、余白から想像することができる。

 「理解できないかもしれないというリスクはあるのですが、モヤッとしたところを考えると、キャラクターの感情がきっと分かるはず。映画らしい作り方なのかもしれません。今回は、映画を作るんだ!と宣言していました。答えはこれです!と説明するのではなく、余白を作っています。答えがあっても、言葉で説明できないですし(笑い)」

 見る人によって感じることが異なるかもしれない。言葉にならない複雑な感情が湧き上がってくる人もいるはず。「グッバイ、ドン・グリーズ!」は、そんなエモーショナルな作品になった。

 新境地を開拓したいしづか監督が次に向かうのは? 最後に、今後について語ってもらった。

 「オリジナルを作っていると、いろいろなテーマが浮かんではボツになり……と繰り返しています。ボツにしたものの中にも引っかかるものがあったり。可能性はたくさんあります。また作っていきたいですね。現場の動き次第ではありますが、また同じスタッフと手を取り合えたらうれしいですね」

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