らんまん:モデルの牧野富太郎が残した功績 植物の“普及活動”が現代の研究のレベルの高さに

NHK連続テレビ小説「らんまん」の一場面(C)NHK
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NHK連続テレビ小説「らんまん」の一場面(C)NHK

 神木隆之介さんが主演するNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「らんまん」(総合、月~土曜午前8時ほか)。「バイカオウレン」「ボタン」「ユウガオ」など多くの植物が登場するドラマの植物監修を行っているのが、植物学者の田中伸幸さんら6人によるチームだ。植物監修とは、具体的にどういったものなのか。ドラマの主人公の人生のモデルとなった牧野富太郎は、現代にどのような功績を残したのか。田中さんに話を聞いた。

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 ◇レプリカ制作、現場での確認、セット作りも 植物監修の仕事は?

 田中さんは過去に高知県立牧野植物園にも在籍し、現在は東京・上野の国立科学博物館の植物研究に所属するかたわら、茨城大学大学院農学研究科客員教授も務めている。

 植物監修の仕事としては、明治時代に日本に存在していた植物を調べ、ドラマの設定や季節に合ったものなどを提案している。また、当時の東京大学の植物教室に何を置くべきか、博物館にどのような物を用意すればいいのかなど、セット作りにも携わっている。

 「らんまん」に登場する植物は、必ずしも撮影時期に咲いているとは限らないため、ドラマにはレプリカも多く登場する。

 「植物が手に入らない限りは、レプリカを作ることができませんので、台本を見て、『今の時期だったらこの植物を使える』とか、いろいろなことを考えてやっています。植物が登場するシーンでは、そこにこの植物が生えているのはおかしくないかなど、現場でも事実確認をしています」

 植物学業界からもドラマの評判が届くことも多いという。

 「植物研究という普段は注目されていない分野ですが、日本人の手によって研究が進んでいく黎明(れいめい)期がドラマになっていることに、感動している人が多いと感じます。こうしてドラマになったのも富太郎がいたからであり、植物学の初期が描かれるのは後にも先にもこのドラマだけだと思います」

 ◇牧野富太郎は日本植物の“ウォーキングディクショナリー”

 ドラマが放送され、今でこそ一般的にも知られるようになった「牧野富太郎」の名前だが、最初はピンと来なかった人もいるのではないだろうか。牧野植物園にも在籍した経験がある田中さんは、富太郎の功績をどう捉えているのか。

 「後半の人生で行った植物知識の普及活動だと思います。明治の終わりから大正、昭和初期にかけて植物同好会が全国でできましたが、富太郎は講師として全国を渡り歩き、弟子を作っていきました。同好会の中心メンバーは理科の教員だったんです。理科の教員を育てることに尽力すれば、生徒にも輪が広がっていきますからね」

 さらに「当時は自然の中での教育が重要視されていました」とも話す田中さん。「ですから、理科の先生は生徒を山に連れて行ったときに植物の名前を答えないといけなかった。ここに同好会の意義があって、自分が知らなかった場合は富太郎から聞いて、彼はそれに答えていました。まさに、富太郎は日本植物の“ウォーキングディクショナリー”でした」と語った。

 富太郎が各地域を巡り、植物に興味関心を持つ人を増やした行動は、現代の日本の植物研究のレベルの高さにもつながっているという。

 「各地域ごとに植物図鑑が多くそろっていることは、その国の植物の研究精度を表していると考えています。日本は各地域ごとに植物の本がそろっている、その種をまいたのは富太郎だったと言えると思います。今で言う、市民科学(シチズン・サイエンス)の先駆け的な存在だったと思います」

 また田中さんによると、富太郎ら日本の植物分類学者が残した功績は、普段、何気ないところで目にすることができると話す。

 「今、日本で目にする植物のほとんどには名前があること、スーパーに行って野菜売り場に行くと名前がついていますよね。普段はあまり意識しないかもしれませんが、富太郎をはじめ、細かい研究を行った植物分類学者の小さな積み重ねに、我々は恩恵を受けています。ドラマでも日本の植物学の黎明期がよく描けていると思います。ぜひ、植物の視点でもドラマを楽しんでいただけたら」

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