放送開始から30周年を迎えたNHK「映像の世紀」は、戦後80年の今年の夏、「高精細スペシャル『ヨーロッパ　2077日の地獄』」を7月21日、28日、8月4日の午後10時からNHK総合で放送する。映画製作で使用される高解像度の35ミリフィルムを用い、各国がプロパガンダ用に記録していた第二次世界大戦の模様を、8Kなどの超高精細映像に変換し、戦争の分析に活用するという世界でも非常に珍しい試みだ。専門家の協力で可能な限りカラー化も進め、映像を細部までチェックすることで、さまざまな新事実が浮かび上がってきたという。放送中の「映像の世紀バタフライエフェクト」（NHK総合・月曜午後10時）の制作期間は1本あたり約半年間だが、今回は約1年をかけた力作だ。

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　「映像の世紀」（全11回）がNHKスペシャル枠で始まったのは1995年3月。歴史番組というと、再現映像や専門家の解説も含め構成するのが一般的だが、記録映像だけで勝負した、今見ても斬新な番組だった。2015年から、新シリーズ「新・映像の世紀」（全6回）、翌16年からは新旧シリーズを再構成した「映像の世紀プレミアム」（全21回）が放送され、22年からは「映像の世紀バタフライエフェクト」としてレギュラー番組化されても、そのスタイルは踏襲されている。

　番組の主役は、多くの情報や当時の空気感を内包している記録映像。ナレーションも映像を補足するのに必要な最低限の情報と、当事者が残した言葉の読み上げのみに限定する。そのシンプルな構成は、歴史の現場に立ち会っているかのような臨場感を視聴者に与えてきた。「新・映像の世紀」以降、制作に関わる寺園慎一プロデューサーは「記録映像は再現映像より、いろいろなことを圧倒的に語っていた。勇気が必要だったと思うが、今思えば大きな発明だったんじゃないか」と振り返る。

　番組スタッフは記録映像を生かすため、新たな取り組みにもチャレンジしてきた。その一つは人工知能（AI）の活用だ。今年3月に放送した「映像の世紀×AI　ヒトラーの隠された素顔に迫る」では、ナチ関連の映像をAIに学習させ、ヒトラーの愛人エバ・ブラウンが撮影した私的フィルムに映る人々を特定。さらに、口の動きから会話の内容を解析する研究を取り入れ、無声のフィルムで話されている内容の一端を紹介した。

　今回の超高精細映像を活用する取り組みもそうしたチャレンジの一環だ。これまでは35ミリフィルムのオリジナル映像からコピーを繰り返し劣化した映像を使っていたが、今回はドイツのブンデスアーカイブや米国国立公文書館などに保管されているオリジナル映像約50時間を8Kなどの超高精細映像に直接変換した。その結果、これまでの粗い画質では確認できなかった、周辺に映っている人々の表情や挙動などまで確認できるようになり、映像からわかる情報量が格段に増えたという。

　◇超高精細映像で新たに分かった事実の数々

　7月21日の「第一部　ドイツ国民は共犯者となった　1939ー1940」は、第二次世界大戦の開戦から1年あまりのドイツの快進撃を追体験する内容。直後は開戦に懐疑的だった国民が占領地で搾取した食材などで生活が豊かになると、ユダヤ人の迫害すら黙認するようになっていく状況が記録映像をもとに描かれる。

　超高精細映像でいくつかの「気づき」も紹介される。たとえば、ドイツがポーランドへの攻撃を正当化するために製作したニュース映像。ポーランドのドイツ系住民が迫害されているとして女性の証言を紹介しているが、すぐ後ろの若者は笑っていることが映像を拡大するとわかる。また、フランスに勝利し、ベルリンに凱旋するヒトラーをひそかに愛人エバ・ブラウンが撮影していると思われる様子も確認できたとする。「電撃戦」を支えたドイツ軍戦車の装備なども、細部まではっきりわかるのは超高精細映像ならではだろう。

　戦争に巻き込まれた人々一人ひとりの表情まではっきりと読み取れ、凄惨でリアルな映像に一気に引き込まれる。さらにカラー化したことで、遠い昔にあったことではないことを改めてはっきりと示された感じがした。寺園プロデューサーは「今と地続きの出来事であるということを感じてほしい」と話している。

　7月28日は「第二部　独ソ戦　悲劇のウクライナ　1941ー1943」、8月4日は「第三部　国民を道連れにした独裁者　1944ー1945」を放送する予定。いずれもNHK総合で午後10時から。