2014年に公開されたフランスで4週連続1位、12週連続でトップ10入りを果たした大ヒット作「エール!」が公開中だ。自分以外、両親も弟も耳が聞こえないという女子高校生が、学校の音楽教師によって歌唱力の才能を見いだされ、悩みながらも自分の夢にまい進する姿を描いた感動作だ。メガホンをとったエリック・ラルティゴ監督は「この作品が、耳が聞こえる人と聞こえない人の“橋渡し”のような作品になればいい」と語る。来日した監督に話を聞いた。
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物語は、パリから離れた田舎町で進行する。酪農を営むベリエ家は、とても仲のよい4人家族だ。しかし、高校生の長女ポーラ以外、両親も弟も難聴者で、ポーラは毎日、両親の仕事を助けることに忙しい。そんな中、彼女の歌声を聴いた音楽教師がその才能を見抜き、パリの音楽学校のオーディションを受けることを勧める。夢に胸をふくらませるポーラだったが、娘の歌声を聴けず、その才能を信じることができない両親は猛反対。ポーラもまた、自分が家を出たあとの両親を案じ、悩んだ末に夢をあきらめることにするのだが……というストーリー。
シナリオを読み今回の作品を引き受けたというラルティゴ監督は、「家族がテーマだったことがやはり大きい」と話す。ただ、当初読んだシナリオは、ポーラだけに焦点が当たっていた。「彼女を、観客にもっと理解してもらうためには、家族や音楽の先生など周囲の人たちを丁寧に描くことが必要じゃないか」と考えた監督は、その部分を書き加えていった。監督自身、「ポーラは、家族の中で唯一聞こえる存在。だからこそ、家族とのつながりが断ち難いがたい。しかし、彼女にも自分の人生がある。彼女がどのようにそのつながりを断ち切り、飛び立っていくのかに興味があった」からだ。
唯一聞こえる存在のポーラは、だからこそ家族たちのさまざまな問題を引き受けている。それは、ラルティゴ監督の言葉を借りるなら、「普通の思春期の女の子が背負う責任の何倍ものものを、家族に対して持っている」ことでもある。となると、深刻な内容を想像しがちだが、今作は時折笑いが漏れるほどのユーモアと力強さ、そして温もりに満ちている。それは、冒頭の和気あいあいとした家族の食卓風景からうかがうことができる。
ラルティゴ監督も「テーマそのものはとても重たい」と認める。しかし、そこに軽さを加えることで、「難聴者たちを客観視でき、むしろ彼らはこうなのだという安易なジャッジを避けられ、彼らに対するリスペクトが表現できると思ったのです」と説明する。今作を作るに当たっては、「多くの難聴者の人たちに会い、たくさんの交流を持った」という。そのとき気づかされたのは、「彼らは、私たちと同じ社会で生きていますが、でも、世界は遮断されている」という現実だった。そこから導き出されたのが、「私たちは一緒にいても、彼らの現実をなかなか近くに行って見ることはできない。ならば、この映画を通して、耳の聞こえる人と聞こえない人の橋渡しができれば」という思いだった。
その一方で、ポーラの両親は、子供の声が聞こえない、あるいは聞こうとしない親のメタファー(隠喩)とも映る。その指摘に「私としては、その部分がある種のパラドックス(逆説)なのです」と切り出したラルティゴ監督は、「人は、自分の経験が少ないことに関しては不安を抱き、積極的にそれを相手に勧めることができません。無意識のうちに、分かち合うことを制限してしまっているのです。でも、自分が意図しないことを誰かがやろうとしているとき、自分の物差しでその善しあしよしあしを判断してはいけないのです。でも、そうせずにいられないのが人間。そのようなとき、どれだけその人の言葉を聞き入れることができるか、それが私たちの課題であり、この映画の中でも描いているのです」と力を込める。
ポーラを演じたルアンヌ・エメラさんは、1996年のフランス生まれ。世界的な人気を誇る歌のオーディション番組「The Voice」で“奇跡の歌声”と称賛され歌手デビューし、さらに今作でスクリーン(映画)デビューを飾った期待の新星だ。ラルティゴ監督によるとエメラさんは「4歳くらいから歌手になる夢を持っていて、今回の映画をきっかけにそれが一気にかなった」という。そんなエメラさんについて、ラルティゴ監督は「初めての演技は、彼女にとっていろんな不安があったと思う。私としても、いかに自分を信頼してもらい、カメラの前に立ち、いかに自然な演技をしてもらうか」に気を配ったという。
その「自然な演技」が際立つシーンがある。ポーラが初めて音楽教師の家を訪れレッスンを受ける場面だ。歌詞を間違え、唇をいじりながらもじもじする姿が愛らしい。「ワンテイクでオーケーだった」というその場面の撮影について、「彼女のそのときの先生に対する視線、こんなところで間違えて、そんな私でもコンクールに行けるのかしらという不安など、いろんな気持ちが入り混じった表情、そういうものすべてが、本当にあの瞬間、美しく撮れたと思います。期待以上の瞬間でした」と振り返る。
半面、歌と手話の両方で感情を表現するクライマックスのオーディションシーンの撮影は「すごく大変だった」と明かす。エメラさんは、「思うように声が出なくなりパニックに陥り、隅っこで何回泣いたか分からないくらい」で、監督自身も「一瞬、無理かなと思った」そうだ。しかし、「結果的にはやり遂げた」と、エメラさんの頑張りをたたえた。
そうやって完成した今作。テーマは「旅立ち」だ。そこで、これから人生における転機を迎える人、あるいは飛び立とうとしている人に対して、ラルティゴ監督にメッセージをお願いした。すると、「今、社会にはものすごくたくさんの選択肢があり、それはイコール物事がものすごく複雑化しているということです」と前置きし、「その中で、将来的なことに対して、自分の夢や、やりたいことがあるのなら、その方向に則したものを選んでいくことが重要です」と話す。そして、そのとき間違わない選択をするには「自分は何をしたいのか、自分は何が欲しいのか、その都度、自分の声をきちんと聞き、また、それに響いてくれる周りの人の声にもきちんと耳を傾ければよいのではないでしょうか。特に、思春期の若い人たちは」と勧め、その上で、「もし、何かスローガンを挙げるとするなら『自分自身を信じよ!』ということですね」とはなむけの言葉で締めくくった。映画は10月31日から全国で公開中。
<プロフィル>
1964年生まれ、フランス出身。数々のテレビシリーズを手掛けた後、2003年に映画監督デビュー。ほかの監督作に「ビッグ・ピクチャー 顔のない逃亡者」(10年・日本未公開)、オムニバス映画「プレーヤー」(12年)の1編がある。
(インタビュー・文・撮影/りんたいこ)
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