ロンドンの介護ホームで暮らす初老の中国人女性と息子の恋人であるゲイの英国人青年が、心の交流を通じて愛する者を亡くした共通の悲しみを乗り越えようとする英映画「追憶と、踊りながら」(ホン・カウ監督)が公開中だ。息子の真実を知らない母親と、真実を隠し続ける青年が、世代と言葉と文化の違いにぶつかりながらも、少しずつ結びついていく様を、「007」シリーズなどに出演した英国人俳優ベン・ウィショーさんと武侠映画の女王と呼ばれた伝説の女優チェン・ペイペイさんが演じている。このほど来日したホン・カウ監督に話を聞いた。
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ホテルのような美しい壁紙の室内が映し出される。老いた母親と息子の会話が、少しして母親の回想だと分かるところから映画は幕を開ける。母親ジュン(ペイペイさん)は、カンボジア系中国人。ロンドンの介護ホームにいるが、本当は息子カイ(アンドリュー・レオンさん)と暮らしたかった。だが、カイはゲイであることを母親に隠し、恋人のリチャード(ベン・ウィショーさん)と暮らしていた。しかし、カイは事故死してしまう。カイの不在に対する悲しみを共有するジュンとリチャード。2人が文化や世代の差を超えて交流を重ねていく姿が、ほとんど室内劇で進められていく。演じるペイペイさんとウィショーさんの演技について、カウ監督はこう語る。
「2人は演技のスタイルが全然違う。ペイペイさんはトラディショナル。ウィショーさんはキャラクターにリサーチする研究家タイプ。ジュンとリチャードは愛するカイを失った共通点がありますが、悲しみの質は異なっています。ジュンは悲しみを隠そうとしていて、リチャードの方はエモーションが見えやすい。この微妙な違いに、文化や世代の違いを込めたつもりです」
カイは過去の回想シーンに登場するが、よくあるフラッシュバックとは一線を画す。過去と現在との境界が曖昧に描かれ、見る者に不思議な感覚をもたらす。カイがときどき現れては、ジュンとリチャードの中でまだ息づいていることを知らせてくる。
「過去と現在が共存する世界観を出したかったのです。僕は子供の頃に父親を亡くしましたが、会話やふとした香りなどのきっかけで、瞬間、父親と一緒にいるような気持ちになることが今でもあります。人は亡くなっても、残った人の脳裏にいつも存在します。亡くなった人が現在にしみ込んでいるような、そんな感覚を映像で表現したかったのです」
◇女手一つで息子を育てたジュンに思いをはせ
中国人の父親、カンボジア人の母親を持つカウ監督。カンボジアで生まれた後、ポル・ポト政権下で難民となり、8歳の頃に英国に渡った。通訳を介して交わす会話を丹念に描くのも、監督自身の経験からだ。
「子供の頃、母親の通訳をしながら、なぜお母さんは英語を話さないのかって反抗していました(笑い)」
ジュンは夫を亡くしてから、異国の地で女手一つで息子のカイを育ててきたという設定だ。リチャードは、まるでカイになったかのように、ジュンの世話を焼く。ジュンを介護ホームに入れていることに罪悪感を抱くかのように。
「介護ホームに入れるのに罪悪感を感じるのはアジア的な考え方だけど、恋人であるリチャードにはカイの気持ちが分かる。ジュンは一人息子のカイをどれだけ頼っていたか。でも、息子にとってはプレッシャーも大きかったでしょう」
リチャードは、通訳を雇ってジュンと入居者の男性との仲も取り持とうとする。だが、ジュンは男性の西洋的な熱烈アプローチに違和感を覚えてしまう。
「ジュンを取り巻くものは、冒頭の西洋式の美しい壁紙もそうだけど、中国人であるジュンにとってうれしいものとは限らない。だからなおさら過去のとりこになってしまう」とカウ監督。そして「でも、ジュンは自分を孤独に追いやっているわけではない」と説明する。
それが分かるのは、ラスト近くだ。ジュンの長い詩のようなモノローグによって、彼女の内面が明らかになる。
そのシーンについては「それまで頑固な女性にしか見えなかったジュンが、凜(りん)とした姿を見せます。彼女がなぜそうやって生きてきたのかに思いをはせてほしいと思いながら作ったシーンです。映画を作っている最中は、自分自身の母親とジュンを重ねて見ることはなかったのですが、自分の母親を投影していたかもしれないと後から気づきました。意固地な生き方をしているように見えた自分の母親の『私は大丈夫』という強さを、今なら理解できるんです」と振り返った。
出演は、ウィショーさん、ペイペイさんのほか、アンドリュー・レオンさん、ナオミ・クリスティさん、ピーター・ボウルズさんら。新宿武蔵野館(東京都新宿区)ほかで公開中。
<プロフィル>
1975年、カンボジア・プノンペン生まれ。ベトナムで育ち、後にロンドンに移住。97年、UCA芸術大学を卒業。2006年にベルリン国際映画祭で上映された「Summer」、11年にサンダンス映画祭で上映された「Spring」の2本の短編で注目を浴びる。今作が初長編作。
(インタビュー・文・撮影:キョーコ)
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