ラーメンより大切なもの:印南貴史監督に聞く「七色の味がするラーメンは山岸さん自身が七色だから」

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 東京・東池袋にあったラーメンの名店「大勝軒」の創業者である山岸一雄さんの姿を追ったドキュメンタリー映画「ラーメンより大切なもの 東池袋大勝軒 50年の秘密」が8日から公開されている。今作は、フジテレビのドキュメンタリー番組枠「ザ・ノンフィクション」用に10年以上にわたって撮影された取材映像に、映画化にあたって新規映像を加えて再構築された。ナレーションを俳優の谷原章介さん、エンディング曲を作曲家の久石譲さんが担当している。印南監督に密着中のエピソードや山岸さんの人柄、大勝軒の魅力などを聞いた。(遠藤政樹/毎日新聞デジタル)

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 「情報番組で、日本で3本の指に入るラーメン店を教えてくださいと聞いたところ、その場にいた半分の人が東池袋「大勝軒」を挙げたのです。僕自身はラーメンがあまり好きではなかったので、実は大勝軒の名前さえ知りませんでした(笑い)」と、初めて大勝軒の名前を耳にしたときのことを苦笑交じりで振り返る印南監督。そして、「実際撮影に行きましたが、ラーメンの物撮りと説明の一言インタビューなので、30分ぐらいで終わりました。すると『せっかくだからラーメン食べていきなよ』という話になり、(大盛りのめんとチャーシューという)ラーメンが出てきました。その前の店でも食べていたので、40分くらいかけて食べましたよ。それで話しているうちに途中から面白いなと思い始めて、特に何かの話をしていたわけではありませんが、急に(山岸さんに)引かれたんです。それでロケクルーを先に帰して、その後3時間ぐらい話し込みました」と、山岸さんとの初対面での出来事を語る。

 当時感じた山岸さんの印象は「彼が持っている“闇”みたいなものをすごく感じました。不可解なことがたくさんあったので気になって聞くのですが、うまくかわされる。簡単に言うと、すごく魅力的でした」と印南監督。続けて「板の間で彼は座りながら話していたのですが、そこで寝ているという話になりました。家はすぐ近くにあると聞いたので、どうして帰らないのかとたずねても歯切れが悪かったですね。これはきっと何かあると思い、企画書を書いてフジテレビさんに持って行きました。企画は通ったんですが、ご本人の許諾はまだいただいていませんでした」と、前身となるドキュメンタリー番組誕生秘話を明かした。

 どのように承諾を得たかについては、「当時、大勝軒はマスメディアによく出ていたのですが、『寝床は撮るな』という決まりがありました。でも、僕は寝床を撮りたかった。要はその先の話が見たいということです。だから寝床を撮るために、1週間に2~3回行って話して、結局3カ月ぐらい通い詰めました。そうしたら『撮りたいけどいい?』と聞いたら『まあいいかな』といった感じになりました。ほかのことはたくさんしゃべりますが大事なことは話さない。基本的に曖昧なんですね……」と当時のもやもやした感じを明かす。

 10年以上にもわたった撮影では、さまざまな苦労や楽しさがあったことは想像に難くないが、印南監督は「苦労に入るかは分かりませんが、世界観をちゃんと出したいと思っていました。ラーメンのおいしさを伝えるわけではなく、山岸さんの人となり、そして彼の周りにうごめく人間関係を抽出したかったので、“大勝軒の中の一部に自分がなること”に時間がかかりました。最初にOKをもらってから(実際にカメラを)回すのは2カ月くらいたってからでしたので、(店舗へ)行っても見ているだけだったり、店の前で寝てたりとかしていて、カメラマンにはよく怒られました(笑い)」と笑いながらエピソードを披露。

 今回の映画化のきっかけは、「もともと映画にしたいと思っていたのですが、いろいろな理由があり、なかなか形になりませんでした。プロデューサーもやりたいと言ってくださっていて、どこかのタイミングでという話をしているときに(ドキュメンタリー番組の)『3』が終わり、そうしたらたまたま山岸さんから電話がかかってきました。(映画化は)あきらめかけていたけど、もう一回やろうという感じになって始めました」と自身と山岸さんの不思議な縁を交えつつ経緯を説明した。

 映画化に際しては自宅に保管していた取材テープをすべて見直したという印南監督。「テレビでなくしていた“エグさ”は必要だと感じましたし、一つの結果に落ち着かず見ている人がいろいろと考えられるようにしたいと思いました。一番最初のときは余裕がなかったのか『こんな映像あったっけ』というのが結構ありました(笑い)。年齢も重ねたので、自分の目が肥えたというか、そのときに思わなかったが今になると『あ~』と思えることが出てきたのかもしれないです」と、印南監督自身、当時と今の映像へに対する印象の変化が生まれたようだ。

 印象的なオープニング映像は「(山岸さんの)もともと生まれが田舎。僕が今まで描いていたのはここ十何年の話で、田舎の話はもっと前のこと。そこを抜きにしては語れないというのがありました。どのように出すかを考え、象徴的に出したかったので、カメラマンにも力を入れて撮ってもらいました」とこだわりを熱弁。さらには猫が多かったという東池袋で猫のカットを撮影していたところ、その後に山岸さんの奥さんが猫好きということが判明し、シンボルとしてはさみ込んだという逸話も飛び出した。

 映画の重要なシーンの一つである「開かずの間」に関しては、「あそこまでは外堀。人それぞれ(手法は)あるとは思いますが、僕は一人のドキュメンタリーを作るときに、本人の話はそれほど聞かず、周りがその人をどう思っているかというところからスタートしたい。ようやくあそこで彼の人生が垣間見え、その先に流転していくから、終わりでもあり始まりでもあるのかなと思いますし、すごく大事ですね。あそこがなければ今回作れませんでしたから」と感慨深げに話したが、「ただ(触れられたくない部分であるだけに山岸さんが)怒ることは分かっていたので、(話を聞くのが)本当に嫌でした」と、当時の心境を明かした。

 山岸一雄という人間の人生が真摯(しんし)に描かれていく中、味わい深い声で彩りを与えているのが、俳優の谷原章介さんのナレーション。「今までは奥さんの声など、そういったイメージで作っていましたが、やはり自分が背負わないとダメだと感じました。そのとき、スタッフともいろいろ相談しまして、ラーメンが好きで、いろいろなことを経験されている谷原さんなら、僕が思っている以上の世界観を引き出してくれると思いました」とナレーターに抜てきした。

 時期と機会が合えば、また違った形での作品も考えたいという印南監督に、最後に大勝軒の魅力を聞いた。「山岸さんのラーメンは何十回と食べていますが、たまに七色の味がします。考えてみると、彼自身がそういう人。ラーメンはその人がそのまま出る。だから彼自身が七色なのです。角度を変えるだけでいろいろな色が見えたりしていくので、それに引かれていく人たちの物語。その中心にいる七色に光っている光源がどこにあるのか見つけてほしい」と熱くメッセージを送った。

 映画はシネマサンシャイン池袋(東京都豊島区)ほかで全国で順次公開中。

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