海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く プロローグ編3

アツシは西野に、ミッション達成のご褒美にピアノをねだるが…。 (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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アツシは西野に、ミッション達成のご褒美にピアノをねだるが…。 (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

ウナギノボリ

◇プロローグ編3 無理なミッション

「高すぎる、よね、やっぱり」

 おそるおそる尋ねると西野さんは顔を上げて、陽気に答えた。

「値段はどうってことない。でもなぜピアノなのか、そこを教えてほしいな」

 ぼくはちょっと考えて、答える。

「うまく説明できないんだけど、真夜中に地下室に籠もっていると、気が滅入ることがあって、そんな時に、楽器でも演奏できれば少しは気が晴れるかな、と思って」

 西野さんは腕組みをして言った。

「なるほど、その気持ちはわからないでもないな。でもそれなら、ピアノである必要はないよね。まあ、本当の理由なんてものはたぶん、深い海の底に隠してあるんだろうけど」

 西野さんは、地下室の片隅の銀の棺を見遣って、言う。

「ま、理由なんてどうでもいいか。どうせ、人生の結末なんてわかり切っているんだから」

 決まり文句を口にした西野さんは、唇の端を持ち上げ、シニカルな微笑を浮かべた。

 今ではとても信じられないことだけど、そんな西野さんもかつて酒浸りになって人間失格寸前まで行ったことがあるのだという。その自堕落のどん底で出会ったぼくに救われた、なんて真顔で告白したことがある。言われた時は冗談かと思ったけれど、どうやら本音だったらしい。

「まあ、坊やが達成したミッションは、僕が突きつけた無理難題だから仕方がないかな」

 西野さんがぶつぶつ呟きながら、ぼくの唐突なお願いをどうしようか悩んでいる様子を見ながら、ぼくはあの時の会話を思い出していた。

<毎日正午掲載・明日へ続く>

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