海堂尊:新作小説「アクアマリンの神殿」 「バチスタ」の10年後描く 田口医師訪問編3終

久しぶりに愚痴外来に相談に訪れたアツシは、忘れていた大切なことを思い出した (c)海堂尊・深海魚/角川書店
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久しぶりに愚痴外来に相談に訪れたアツシは、忘れていた大切なことを思い出した (c)海堂尊・深海魚/角川書店

 ドラマ化もされた「チーム・バチスタ」シリーズの10年後を描いた海堂尊さんの新作「アクアマリンの神殿」(角川書店、7月2日発売)は、「ナイチンゲールの沈黙」や「モルフェウスの領域」などに登場する少年・佐々木アツシが主人公となる先端医療エンターテインメント小説だ。世界初の「コールドスリープ<凍眠>」から目覚め、未来医学探究センターで暮らす少年・佐々木アツシは、深夜にある美しい女性を見守っていたが、彼女の目覚めが近づくにつれて重大な決断を迫られ、苦悩することになる……というストーリー。マンガ家の深海魚(ふかみ・さかな)さんのカラーイラスト付きで、全24回連載する。

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◇ 田口医師訪問編 3 五歳の決意宣言

 ここは田口先生のホームグラウンドだ。

 不定愁訴とは軽い症状だけど、患者に根強く居座り続け、検査しても原因が見つからない些細な症状を指す。その病気に医師が抱いているイメージは、「相手にしてたらキリがない」で、治療の処方箋は「放っておく」しかない。医師ができることは、患者の愚痴をひたすら聞くということになる。なので“愚痴外来”という通称はうまいネーミングだと思う。

 だけど患者の愚痴を辛抱強く聞き遂げるという仕事は、口で言うほど簡単なことではなく、むしろ相当な苦行のはずだ。

 ぼくがレティノで入院した五歳の時に小児愚痴外来が開設され、ぼくはその患者第一号だった。印象に残っているのは田口先生が人気特撮番組のハイパーマン・バッカスのことをあまりよく知らなかったことくらいだけど、不定愁訴外来で治療された記憶もない代わりに、眼球摘出手術の恐怖や辛さも全然覚えていないから、ここではそうしたこころの傷を癒してもらっていたのだろう。

 そんな風にぼんやり昔のことを考えていたら、ぽかりと言葉が浮かび上がった。

−−アツシは勇者になりたいのであります。

 ぼくの五歳の決意宣言を、この椅子に座ったら思い出したのは、偶然ではないのだろう。

 たぶんかつてぼくが口にした言葉が長い年月、この部屋を漂っていて、チューニングを合わせたラジオが電波を音声に変換するように、今のぼくの身体を通じて再生されたのだ。

 そんな自分の言葉に再び巡り合えただけでも、この部屋にきた甲斐があったというものだ。

 そういえば四年前、凍眠から目覚めた直後にも、田口先生にはずいぶんとお世話になったものだ。おかげで順調に回復したぼくは、初めの頃はここに毎週通っていたけれど、しばらくして一カ月に一度、二年目からは三カ月に一度になり、今はもう通院していない。

<小説「アクアマリンの神殿」(発売中)に続く>

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