タイでは誰もが知っている有名な怪談「メー・ナーク・プラカノーン」を大胆にアレンジし、タイで大ヒットを記録した映画「愛しのゴースト」が18日に公開された。「メー・ナーク・プラカノーン」は、これまでも何度か映画化されてきたが、今作では優しい若き帰還兵と妻がつむぐ愛を、オリジナルを尊重しつつ、コメディー要素もプラスするなど新たな趣向を凝らしてアレンジしている。悲劇として語り継がれてきた物語をコミカルなタッチで描き、ホラーラブストーリーに仕立てたバンジョン・ピサンタナクーン監督に、ホラーやコメディーへのこだわりや撮影エピソードなどを聞いた。
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「心霊写真」や「Alone」などホラー作品に定評のあるピサンタナクーン監督だが、最近はコメディータッチの作品も増えてきているという。「方針や方向が変わったというのは、ホラー映画(を撮ること)に飽きてしまった……(笑い)」といいつつも、「人は怖すぎると笑う傾向があると思う」とホラーと笑いは親和性があるという。「怖いシーンのあとに笑ってその怖さを洗い流すという効果があると思いますし、ほかの人が怖がっていたり、運が悪いのを見たりするのは、意外と笑えるもの」といって、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
タイでは有名な怪談が題材ながらも、冒頭から過激なブラックジョークや主人公マークの友人たちのとぼけた掛け合いが入るなど、コメディー要素が満載。「コメディーの割合については特に考えていなくて、最初はコメディーで進めていた」と監督は明かす。「映画の心臓となる部分はやっぱり愛がすべて。結局は愛で終わるという作りになった」という。
テーマとなった怪談は日本でいう「四谷怪談」くらい有名なものだが、そもそもどのように伝えられてきたものなのか。監督は「もともと“愛の伝説”であり、怖い話として伝えられてきた」といい、「今から約16年前にノンスィー・ミニブット監督が『ナンナーク』という作品を撮ったものが僕たちの世代では有名で、愛が素晴らしいという作品によって知られるようになった」と説明する。しかし、四谷怪談には今作のような突き抜けたコメディーが入る余地がないように感じるが、「メー・ナーク・プラカノーン」も悲恋の物語。そのあたりを監督に聞くと、「『メー・ナーク』はすごく変わったバージョンがある」といい、「例えば『メー・ナーク・アメリカ』といってセクシーなメー・ナークが主人公だったり、メー・ナークが日本へ行くものや、ゴジラやゾンビにあったりなど、ちょっと異色のバージョンもある」とオリジナルにコメディーが入り込む余地があったことを強調する。
監督も挙げた「ナンナーク」をはじめ、何度も映画化されてきた怪談だ。自らコメディータッチの作品として撮影することを提案したといい、監督は脚本を作り上げるのに1年以上も費やした。「本当は脚本は数カ月で終わると思っていたのですが、あまりにも普通過ぎたりしていて、何度も書き直したりしているうちに1年以上が過ぎてしまった」と苦笑する。だが、「実はこの映画の基本的なアイデアや重要なギャグというのは、最初の1日で決めていた」と驚きの事実を明かす。続けて、「ただエンディングだけがなかなか納得がいかなくて、アイデアがいろいろありすぎてまとまらず、何度も何度も書き直した」と執筆に時間がかかった理由を話し、「愛の素晴らしさを表現したかったのと、マークの視点という新しい視点でのエンディングを何度も練りました」と核となる要素を熟考したという。
こだわり抜いたストーリーだけでなく、マーク役のマリオ・マウラーさん、妻ナーク役のダビカ・ホーンさん、マークの友人4人組など、キャスティングも光っている。「(マークの友人)4人は以前、『Phobia2』に出てもらうためにオーディションをしていて、今作のキャラクターにも合うということで選びました」といい、また「主役の2人はスーパースターを呼びたかったのですが、それで即決というわけではなく必ず演技のオーディションをして、キャラクターに最も合っていると思ったので選びました」とキャスティングへのこだわりを語る。メインとなる6人の中でホーンさんは紅一点の存在だが、「すごくフレンドリーで、みんなと話せる人」と監督は評し、「(撮影当時は)たしか21歳ぐらいだったので、みんなのことを“お兄さん”と慕い、みんなもすごくかわいがっていた」と振り返る。
ホラーでありながらコメディーでもあるが、「作っている時から現場で仕事にならないぐらい笑っていたので、すごく面白い映画だという自信はありました」と断言し、「だいたい70~80%のギャグは脚本を生かしていますが、現場で生まれたギャグもある」という監督。さらにホラー映画では女性の悲鳴というのが定番のイメージだが、今作では男性が悲鳴を上げていることについて、「男で叫んでいるのは(4人組の一人)ドゥー役だけ(笑い)」と笑う。そして、「彼はもともと叫んでいるのが特徴のすごく人気のある俳優さんだったので、映画の中にも取り入れておかしみを出した」と説明する。完成度を高めるため、役者の特徴も映画に生かすという貪欲(どんよく)さを見せた。
スタジオにお化け屋敷を組んだ以外は、ほぼ屋外で撮影したという今作。マークの家でのシーンでは「本当の運河を挟んで2軒の家を建てた」そうで、「二つの家は向かい合っていて、お互いにのぞき見をしたり川を船で渡るというのを見ているシーンもあるので、どこの角度だというのをきっちりモデルを作ってから設計して建てた」とこだわりを明かす。
屋外ロケが多かったため苦労した点を聞くと、「80%は夜のシーンだったので、結構撮影は疲れました。しかも屋外でスモークをたいたりもしたので、具合が悪くなるスタッフも続出して、私も臭くて頭がフラフラしたことも……」と明かす。「役者がくぎを踏んだり、演技にものすごくエネルギーを使う現場だから走ったり叫んだりしているうちに(役者の)声が出なくなってしまったこともありましたが、大変さとしては若干ですね」と過酷さを感じさせない。
全国公開に先立ち、今作は日本で福岡や京都で開催された映画祭や9月に行われた「第7回したまちコメディ映画祭」で上映されている。監督は「すごく温かい反響だったと思います」とほほえむ。そして、「(日本に)タイ映画の熱心なファンがいるということを知った」といい、「以前行われた大阪のアジアン映画祭で会った人に数年後、福岡で会うということもありました」とうれしそうに明かす。さらに、「先日のしたまちコメディ映画祭で、10年前の『心霊写真』のポスターを持ってきてサインを頼まれた時には、(映画の)製作者としてすごく感動した」と喜ぶ。
今作はタイで歴代興行収入1位を記録したが、あまりのヒットぶりに「ここまで成功するとは思っていなかったので、(配給)会社のみんなは大きな衝撃を受けている(笑い)」と冗談めかす。今作のヒットを受け、タイでは「この映画を真似したジャンルの映画も出てきている」そうだが、「ほとんどが成功していない」と分析。「ある程度いい映画を撮るには、それなりの時間をかけないといけない」と信念を口にし、「ヒットした要因はアイデアがよく、人を感動させる物語だったからだと思う」と自信を見せ、「ジャンルがいいからとか好みだからといって、必ずしも成功するわけではない」と言い切った。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1979年9月9日生まれ。2000年に初の短編「Plae Kao」がクリック・ラジオのコメディー短編コンペの作品賞と脚本賞にノミネートされ、02年には短編「Color Blind」を製作し、国内外の映画祭で高い評価を受ける。04年にはパークプム・ウォンプムさんと共同で監督した初の長編「心霊写真」がタイの年間興行収入1位を記録。国外でもヒットし、08年には「シャッター」としてハリウッドでリメークされる。以降、「Alone」、オムニバスホラー「4BIA」「Phobia 2」などを発表。「アンニョン!君の名は」では10年の興行収入1位を記録し、日本では大阪アジアン映画祭2011で上映され、来るべき才能賞とABC賞に輝く。映画監督以外にも、ラジオ番組のDJやCM演出やナレーションなど幅広く活動している。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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