和田アキ子:「金スマ」で生い立ち語る いじめ、父親、けんかに明け暮れた「不良番長」時代…

8月30日放送の番組「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」2時間スペシャルに出演する和田アキ子さん(右)=TBS提供
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8月30日放送の番組「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」2時間スペシャルに出演する和田アキ子さん(右)=TBS提供

 歌手の和田アキ子さんが、8月30日放送のバラエティー番組「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS系)に出演する。この日は「金スマ レジェンド波乱万丈!」と題した2時間スペシャルで、芸能生活51年目を迎えた和田さんは、これまでテレビではあまり話してこなかったという自身の「生い立ち」について語る。

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 1950年、大阪府天王寺に4人きょうだいの長女として生まれた和田さん。幼いころから体が大きく、小学校6年で身長が165センチあったが、身長の高さを理由にいじめられることも多かった。また子供の頃の和田さんにとって、何よりも恐ろしい存在だったのが父親。体重100キロを超える巨漢で柔道の師範で、和田さんも6歳から厳しく柔道の指導を受けた。何よりも恐ろしかったのが、礼儀作法に関する父親の厳しいしつけ。口より先に手が出る父親のもと、一家団らんというものを知らずに育った和田さんは、テレビでホームドラマを見るたび、優しい父がいる「温かい家庭」に憧れたという。

 一体なぜ、父はこれほどまで自分に厳しく接するのか。当時の和田さんには父の愛情というものが分からず「私は本当にお父さんの子供ですか? いつか、あんたが寝ている間に包丁で刺し殺して、私も死んだる!」と訴えたことも。このケンカをきっかけに、ますます父親に反発するようになった和田さんは家を飛び出し、大阪・ミナミの繁華街や友人の家を泊まり歩くようになる。本格的に非行の道へ進み始めた和田さんは、気にくわない相手がいれば自分から因縁をつけ、手当たり次第にけんかに明け暮れる日々を送る。そして、家出生活を始めて1年後、中学2年にして大阪の繁華街では知らぬ者はいない「不良番長」となる。

 その一方で、ジャズやブルースといった外国の音楽に夢中になる和田さん。大阪市内のジャズ喫茶に入り浸り、音楽を聴いている時だけは心が安らいだという。ある日、大阪のステージで歌っていると、東京の芸能事務所の人間を名乗る男が現れる。16歳のときのことで、男に「直接、社長に会ってほしい!」と懇願されると、後日、東京からやってきたのは、大手芸能事務所「ホリプロ」の堀威夫社長。最初は適当に話を聞いて帰るつもりだったという和田さんだが、このまま大阪にいても極道しか道はないと、その場で芸能界入りを承諾。大阪には二度と戻らないことを決心して、芸能人生をスタートさせる……。

 さらに番組では、和田さんの51年にわたる芸能生活、31歳で結婚した夫との生活や、その裏にあった過酷で悲しい出来事、数えきれない出会いなどをたどっていく。「家で見ている番組に出ると緊張する。芸能生活51年、長ければいいってもんでもない。みんなのおかげ、大人になった」という和田さんの本音にも迫る。30日午後8時~同10時に放送される。

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