明日の食卓:劇場公開中の映画をオンデマンド配信 WOWOW大瀧亮プロデューサーが意図を語る

映画「明日の食卓」のワンシーン (C)2021「明日の食卓」製作委員会
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映画「明日の食卓」のワンシーン (C)2021「明日の食卓」製作委員会

 女優の菅野美穂さん主演で劇場公開中の映画「明日の食卓」(瀬々敬久監督)が、6月11日からWOWOWオンデマンドをはじめとする動画配信サービスで配信されている。通常、映画は、劇場公開から数カ月たってから配信されるが、今作は5月28日の劇場公開からわずか2週間で配信スタートという異例の早さ。実現にこぎ着けるまでにどんな苦労があったのか。仕掛け人で今作のプロデューサーでもある、WOWOWの大瀧亮さんに聞いた。

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 ◇コロナ禍 10館休業の中でのスタート

 映画は、菅野さん、高畑充希さん、尾野真千子さんが、それぞれに10歳の息子の母親を演じ、子を持つ親なら誰もが直面する問題をリアルに描いたサスペンスタッチの作品だ。

 WOWOWのコンテンツ事業部で映画やドラマの企画制作を担当するプロデューサーである大瀧さんは、「明日の食卓」の企画も担当した。公開日の5月28日は、東京、大阪をはじめとする10都道府県で出された3回目の緊急事態宣言下にあり、当初上映を予定していた映画館のうち10館ほどが休業。全60館での上映だったが、「初週末と明けてからの平日の動員が横ばいで安定しており、この(上映)規模にしては、着実にお客様が入ってくれています」と胸をなでおろす。

 客層は、「劇中で描かれている子育て世代や、子育てが一段落ついた世代の女性が多い」といい、「男性もお一人で来てくれていて、瀬々監督ファンや、普段から映画館に足を運ぶミニシアターファンが目を付けてくださっている印象を受けます」と手応えを感じている。

 ◇劇場興行だけに依拠するのは不安

 企画に着手したのは2年前。当時はまだ新型コロナウイルスの感染は発生しておらず、当然、アーリーウインドーでの配信も考えていなかった。考え始めたのは撮影を開始した2020年8月だった。ちょうど新型コロナによる1回目の緊急事態宣言が明け、映画館が客席数を50%に制限するなど感染対策を施す中で営業をしていたが、すぐさま第2波が押し寄せて来た時期だ。その時点で2021年も通常通りに劇場公開ができる保証はなかったが、「もともと製作体制的にもそこまで大きな規模での公開を構えていなかったので、劇場興行だけに依拠することに不安を感じました」と振り返る。

 それより少し前の2020年7月、新型コロナの影響で公開が延期されていた行定勲監督の映画「劇場」が、映画館約20館での封切りと同時に、定額動画配信サービス「Amazonプライム・ビデオ」で世界に配信された。また、同年3月に封切られたものの映画館の休業で興行できなくなった「Fukushima 50」(若松節朗監督)は、4月に期間限定で有料ストリーミング配信された。大瀧さんの中にも、「この状況下で映画を早めに配信することが増えている。この作品も早く配信に出すことも考えてみるべきなのか」という思いが膨らんだ。

 ◇瀬々監督から得られた理解

 ただそのときは、公開2週間後に配信スタートとは考えておらず、「3~4カ月後のパターン、はたまた公開同日もありえるかもと、いろんな方法を探っていた」という。配信するならば、いずれにせよクリアしなければならないことは多い。まずは劇場だ。公開してすぐに配信が始まるのであれば、劇場としては「お客を奪われてしまうのではないか」と考えるのが当然だ。「実際、難しいと判断された劇場はありましたが、それは覚悟の上でした」と大瀧さんは打ち明ける。

 出演者やスタッフの理解も必要だった。「監督も、キャストも、劇場用映画として挑んでいたのに、ふたを開けたら配信コンテンツだったと見られる作品にしてはいけなかったですし、そう思われたくなかった」と胸の内を明かす。幸い瀬々監督もWOWOWの幹事作品だからこその特殊な取り組みに理解を示してくれたという。

 こうして出演者ら関係各所と話し合いと調整を重ね、「公開から2週間は映画館が独占して上映する」「企画当初からの上映予定館数は確保する」ことで理解を得て、状況が整ったのは年が明けた2021年1月だった。

 ◇「配信を一気に前に」で通例を崩す

 そもそも、なぜ「明日の食卓」を劇場公開後2週間で配信しようと考えたのか。大瀧さんがプロデューサーとして映画製作に関わるようになって7年。これまでに瀬々監督の「友罪」(2018年)や「泣き虫しょったんの奇跡」(豊田利晃監督、2018年)、2021年3月公開となった「太陽は動かない」(羽住英一郎監督)といった作品を手掛けてきた。

 そのつど、「映画館にどれぐらいのお客様が見に来てくださるのかが、公開初週の週末の動員数が見えるまで読めないのは、ビジネスとしてなかなか難しいのではないか」と感じていた。「裏を返せばそれが映画の醍醐味(だいごみ)でもあるのですが、新型コロナウイルスという未知の変数が加わったことで、よりその難しさも増しました。なので、大規模な作品もあるが、中規模、小規模の作品も生き残っていくための手段を考えなければいけないと思っていた」と話す。

 映画は通常、劇場公開→DVD・ビデオ化→有料テレビでの放送→地上波テレビでの放送の順に展開される。これは「マルチ・ウインドー展開」といわれる。配信は、DVD化と同時期のときもあれば、放送の後ということもある。そういった通例を、「配信を一気に前に持ってくる」ことで「あえてこれまでの通例を崩すことをやっていかなければいけないと、2~3年前から思っていた」と大瀧さんは語る。

 配信プラットフォームが隆盛を極めている中で、「(配信サービス社が)うちで、このタイミングで配信させてくれたら、このくらいの額で購入します」という動きが活性化されつつあった。そのときちょうど企画開発を進めていたのが、「明日の食卓」だったのだ。

 ◇コロナ禍だからこそ「配信は必要だった」

 もっとも、今回のような定額制の配信サービスでの新作映画の鑑賞は、無料で見ることができるように感じ、作品価値が低くなっているような気もしてしまう。大瀧さんも「ちょっとタブーなところに触れているという感覚はあります」と認める。そのため、「葛藤はありました。公開した今でさえ、ふと立ち止まって思う瞬間はある」と打ち明ける。それでも、「この方法は間違ってなかった。むしろその手軽さが、今のこのコロナ禍にあって必要とされているものではないか」と確信を強めたという。その理由を次のように語る。

 「今回の映画のターゲット層は、30~40代の母親や父親という日々の生活に忙しくて映画館に行く時間が確保しづらい方々。映画そのものは2時間ほどですが、電車を乗り継いで映画館に行って、チケットを買って見て、映画館から家に帰るとなると半日かかってしまう。配信だと、そういう手間暇なしに手軽に見てもらえる。それに、(コロナ禍で)今、映画館に行きたくても行けない人や、行くことを控えている人もいる。映画は、『誰が息子を殺したのか?』というサスペンスタッチですが、ラストにはちゃんと一筋の希望の光が見えますので、お母さんたちは、『(大変なのは)自分たちだけではないんだ』と共感していただけて、お父さんたちは、ほんの少し思いやりを持つことがスタートラインであるということを感じていただける作品になっていると思います。ですから、このタイミングでの配信は、この作品では必要だったと思っています」

 ちなみに、緊急事態宣言下での公開を避け、公開を延期するという方法は「考えなかった」という。延期となると改めてプロモーションのためにキャストにスケジュールを空けてもらったり、宣伝内容を考え直したりする必要がある。「一度決めた公開日に向けて大変な調整の上でキャストや監督にプロモ―ションをしていただき、その裏で配給・宣伝ス
タッフも一点集中で頑張ってくださっている。この姿を見ると簡単に公開延期はしてはいけないと思っていましたし、だからこそ2週間後の配信を決めていました。決めたからには絶対延期しないと思っていました」とその理由を説明する。

 ◇配信が劇場公開にとって代わることはない

 東京と大阪のシネコンが休業すると興行収入の3~4割が失われるといわれる。だが今作は、2週間後の配信によって、「それ(失われた分)に近いだけの収益は上げられる」という。しかし、これはあくまで「一つの手段」であり、今回のようなスキームがどんな作品にも通用するとは思っていないという。「作品によりますよね。規模もジャンルもターゲットも。適切なタイミングは作品によって違うはずです」と指摘する。

 何より、「配信が劇場にとって代わることはない」と考えている。「やはり大きなスクリーンで見てもらう贅沢(ぜいたく)感、特別感は、映画の唯一無二のものだと思っています。その空間の中で2時間集中して、何にも邪魔されないで見てもらうことが一番という思いに変わりはありません」と力を込めた。

 映画「明日の食卓」は、椰月美智子さんによる同名小説(角川文庫)が原作。フリーライターの石橋留美子(菅野さん)、シングルマザーの石橋加奈(高畑さん)、専業主婦の石橋あすみ(尾野さん)には、それぞれ、小学5年生の「ユウ」という息子がいた。3人は、子育てに家事に仕事にと忙しくも幸せな日々を送っていたが、ある出来事をきっかけにその生活が崩れていく。そしてある日、「ユウ」の命が奪われ……というストーリー。角川シネマ有楽町(東京都千代田区)ほか全国で公開中。WOWOWオンデマンドで6月11日配信スタート。

 <プロフィル>

 おおたき・りょう 1985年生まれ。WOWOW事業局コンテンツ事業部プロデューサー。8年間、芸能事務所のホリプロで俳優の藤原竜也さんや柿澤勇人さんらのマネジャーを務め、2015年にWOWOWに入社。プロデューサーとして手掛けた作品に「友罪」(2018年)、「泣き虫しょったんの奇跡」(2018年)、「太陽は動かない」(2021年)がある。現在、放送・配信中の「WOWOWオリジナルドラマ 向こうの果て」(WOWOWプライム、WOWOWオンデマンドで金曜午後11時放送・配信、WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信中)も手がけている。

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