上田麗奈：岡田麿里監督「アリスとテレスのまぼろし工場」　思春期のヒリつき　榎木淳弥、久野美咲に引き出された“無駄なアンニュイさ”

　アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。（あの花）」などの脚本で知られる岡田麿里さんが監督を務めるオリジナル劇場版アニメ「アリスとテレスのまぼろし工場」が、9月15日に公開された。岡田監督が脚本も手掛けたアニメで、人気声優の上田麗奈さんがミステリアスな中学3年生・佐上睦実を演じる。睦実は、閉ざされた町で鬱屈とした日々を送る中学3年生の主人公・菊入正宗の気になる存在で、上田さんは「リアルな人間をそのまま見ているかのような作品」と同作を表現し、収録は「とても苦しかった」と振り返る。作品の魅力、収録の裏側を聞いた。

ウナギノボリ

解説：新たな“最高峰”を目指したガンプラ　45周年のこだわりとは

　◇岡田麿里作品の魅力　人間の黒い部分を丁寧に描いてくれる

　「アリスとテレスのまぼろし工場」は、2018年に「さよならの朝に約束の花をかざろう」でアニメ監督デビューした岡田さんの最新作で、「呪術廻戦」「チェンソーマン」などを手掛けるMAPPAが制作する。突然起こった製鉄所の爆発事故により、時が止まり、外に出る道も全て塞がれてしまった町を舞台に、少年、少女たちが“恋する衝動”を武器に未来に向かおうともがく姿が描かれる。

　中学3年生の正宗は、変化を禁じられた町で鬱屈した日々を過ごす中、気になる存在の謎めいた同級生の佐上睦実に導かれて製鉄所の第五高炉に足を踏み入れる。そこで、しゃべることのできない野生の狼（オオカミ）のような少女・五実と出会う。3人の出会いが世界の均衡を崩していくことになる。榎木淳弥さんが正宗、久野美咲さんが五実を演じる。

　岡田監督は、「あの花」や、2015年の公開の劇場版アニメ「心が叫びたがってるんだ。」などで、思春期の少年少女たちの心の傷、葛藤を生々しく描き、唯一無二の世界観で多くの人を魅了してきた。

　「私は、麿里さんが脚本を手掛けられた『ONI～神々山のおなり』という作品でご一緒していて。愛情に飢えていて、劣等感があるような複雑な女の子を演じたのですが、人間の心の中にある、ちょっと黒い部分がすごく丁寧に描かれているキャラクターでした。麿里さんは、そういう黒い部分を大事にしてくれて、それも含めてその人の魅力で、可愛らしいな、いとおしいと思える物語を書く方という印象があります」

　「アリスとテレスのまぼろし工場」のシナリオを初めて読んだ時は「すごくヒリついていて、怖い」と感じたという。

　「怖いし、分からない部分がいっぱいあるなと思いました。言葉は決して難しくないのだけど、単語一つとっても、何を言っているのか、どこに本心があってこの言葉が生まれているのか、分からないなって。だから、すごく集中して、何度も繰り返し台本を読んで、ようやくちょっとずつ発見があり、少し理解できたかもしれないと。難しい作品だったなと思います」

　主人公の正宗や睦実は、時が止まった世界の中で、変わらず“14歳”であり続ける。町から外へ出る道は全て閉ざされ、「このまま何も変えなければ、いつか元に戻れる」と考える大人たちに変化を禁じられている。特殊な状況下のかなり濃密な思春期が描かれている。

　「そのヒリつきや、全体的な世界感が爽やかじゃない曇り空のようで。少年少女たちのギラギラした感じの心の動き、葛藤、叫びみたいなものが描かれていて、胸が苦しくなる。それがすごく人間っぽいなと思いました。すごく矛盾していたり、もどかしかったり、言語化できないようなことの連続で、リアルな人間をそのまま見ているかのような作品だなと思いました」

　◇収録は苦しさ、我慢の連続　榎木淳弥、久野美咲の強烈なパワー

　同作は、アニメ制作の前にビデオコンテが制作された。上田さんと久野さんは、ビデオコンテを作るためのテスト収録にも声優として参加しており、「その都度ちゃんとディレクションもしていただいて、キャラクターにも寄り添わせてもらえて、事務的な収録では全くなかった」と、作品への思い入れが強まった。

　その後、正式に睦実役のオファーを受け、出演することになった。睦実は、ミステリアスな雰囲気の正宗の同級生で、鬱屈とした日々を送る正宗に「退屈、根こそぎ吹っ飛んでいっちゃうようなの……見せてあげようか」と意味深な言葉で翻弄（ほんろう）するような一面も見せる。

　収録では、睦実が怒るシーンが印象に残っているという。

　「これでもかっていうくらい怒るシーンで、（岡田監督に）『もっともっと怒ってください』と言ってもらったのはすごく覚えていて。その時は、こんなに瞬間的にトップギアになるかな？と思っていたんですけど、何度も台本を読んでいるうちにいろいろな発見があって。睦実って、言わないだけで、いろいろなことをずっと考えているタイプで、それが何かに触れた瞬間にポーン！と出てくるみたいなのって、きっとあるんじゃないかなって。積もり積もった感情が一気に集約されて表に出てくるような」

　そんな感情を爆発させるシーンもあれば、気持ちを封じ込め「我慢する」こともあった。

　「睦実は、本編中のいろいろなところでアンニュイさを出しているんですけど、出したくて出しているわけじゃなくて、我慢していっぱいいっぱいだから、変にアンニュイさが出てしまうんです。本人にとっては無駄なアンニュイさと言ってもいいかもしれません」

　正宗役の榎木さんとの掛け合いでも「アンニュイさが出てしまった」という。

　「美咲ちゃんとは、テスト収録で一緒だったんですけど、榎木さんは本番で初めて掛け合うことになりました。テスト収録まで、私が演じる睦実にはちょっと男の子っぽいところもあったようなのですが、榎木さん演じる正宗に初めて会った時に、自分自身でも自覚するぐらい“女”の部分が出てしまって。これは榎木さん演じる正宗だからこそ出たんだろうなと。そのパワーに参ってしまった。無駄なアンニュイさというのも、榎木さん演じる正宗だから出てしまったのだと思います」

　久野さん演じる五実からは、ものすごいパワーを感じた。

　「美咲ちゃんの発散する時のパワーが強烈なので、見ているだけで睦実も同じように叫びたくなっちゃうというか。本番では、どうにかして、我慢して、五実のパワーに気付かないように過ごすのが大変で。テストはまだ余裕があったのですが、本番では余裕がない状態で、いっぱいいっぱいになりながら我慢して、とても苦しかったなと。お二人が本当にパワフルでした」

　◇恋と愛　「痛い」がメインの作品を浴びてほしい

　ビデオコンテから制作に関わり、苦しさを抱えながらも収録に臨んだ上田さんは、作品を通して「恋愛ってやっぱりいいかもしれない」と改めて感じたという。

　「私が今、30歳前後なんですけど、同じぐらいの世代だと、恋と愛のちょうどはざまにいる感じがあるというか。恋愛から愛情のほうが強くなっていくターニングポイントの世代だと思うので、そんな状態でこの作品に触れて『あれ、恋ってやっぱりいいかも』と。その爆発力というか、こんなに心揺さぶられて、激しくへこんだり、うれしくなったり、そんなことって思い返せば、恋以外にあまりなかったかもと、面白い発見がありました」

　上田さんは、「どの世代が見ても発見があるのではないか」と話し、「没入感たっぷりの、劇場で見るのに本当に向いている作品だと思うので、ぜひ集中して、このヒリついた『痛い』がメインの作品を浴びて、自分がどんな気持ちになるかも含めて、楽しんでもらえたらなと思っています」とメッセージを送った。

　上田さんら声優陣が葛藤しながらも表現した純度の高い思春期の少年少女たち。そんな彼ら、彼女らの破壊力ある恋の衝動が感じられるはずだ。