映像の世紀:高精細SP第三部 ヒトラーの幻想の崩壊後に生まれたものとは?

「第三部 国民を道連れにした独裁者」のイメージ画像=NHK提供
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「第三部 国民を道連れにした独裁者」のイメージ画像=NHK提供

 高精細化した記録映像で第二次世界大戦を振り返るNHK「映像の世紀 高精細スペシャル『ヨーロッパ 2077日の地獄』」の「第三部 国民を道連れにした独裁者 1944ー1945」がNHK総合で、8月4日午後10時から放送される。独裁者・ヒトラーは幻想が崩れ去っても国民に総力戦を命じ続け、ドイツ国民もまた独裁者に自らの運命を委ねた。その結果、多くの犠牲を出してドイツは敗戦。ようやくヨーロッパで戦火が収まったように見えたが、実は新たな暴力の始まりであったことが映像で描かれる。今の世界へと続く厳しい現実を突きつけられる3回シリーズの完結編だ。

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 第二次世界大戦は、映画製作でも使用される高解像度の35ミリフィルムを用い、各国がプロパガンダ用に記録していた。これまで番組では35ミリフィルムのオリジナル映像からコピーを繰り返し劣化した映像を使っていたが、今回はドイツのブンデスアーカイブや米国国立公文書館などに保管されているオリジナル映像約50時間を、8Kなどの超高精細映像に直接変換し、カラー化した。この映像を基にNHK総合用の2K番組を作っているため、従来より細部まで鮮明な美しい映像で見ることができるという。

 カラーの映像で細部まで鮮明になったことで、映っている一人一人の表情まではっきり読み取れるようになった。中でも、第三部は、戦争の遂行の中で体の機能をむしばまれ、正常な判断能力も失っていくヒトラーの様子が映像で浮き彫りにされる点が見どころだ。

 ヒトラーは繰り返される暗殺未遂事件をそのたび生き延び、国民には映像で健在ぶりがアピールされた。ただ当時の映像を高精細化し、細かい部分まで確認すると、爆風で耳をけがし、音が聞き取りづらくなっていたり、はれ上がった右手が使えないため、左手で握手したりするなど、事件の影響は小さくなかったことが浮かび上がる。またヒトラーが背中の方に回した左手が小刻みに震えていることも確認でき、パーキンソン病を患っていたとされるヒトラーの病状をうかがわせる。

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 一方で、スターリングラードでソ連に敗れ、幻想が崩れかけていたヒトラーの人気だが、暗殺の失敗で再び復活する。「暗殺が失敗したと聞いて、やはり彼(ヒトラー)は神に守られていると思いました」(ドイツ国民の回想)。信仰にも近いヒトラー人気の盛り上がりで、ナチへの寄付金も急増。ドイツ国民はヒトラーに自らの運命をゆだねてしまう。その後のドイツの惨状を知るだけに、複雑な心境を抱かずにはいられない。

 もう一つの見どころは、記録映像が明らかにする戦争のリアルな実態。米陸軍の撮影隊に志願し、当時貴重だったカラーフィルムで最前線の実態を記録した映画監督のジョージ・スティーブンスの視点で、番組は展開する。スティーブンスは戦後、西部劇の名作「シェーン」やジェームズ・ディーンの遺作となった「ジャイアンツ」を撮った監督だ。

 ノルマンディー上陸作戦を前に、連合国軍はドイツ軍陣地を爆撃したが、上陸地点を特定されないよう作戦とは関係のない街にも爆弾を落としたり、砲撃したりしたため、フランスの民間人3万5000人が死亡したという。作戦の決行後、フランスに入ったスティーブンスの映像にも廃墟となった街が映る。

 解放されたフランスでは、喜びに沸く市民の様子を記録しているが、次に始まったのは「平和」ではなく「新たな暴力」だった。ドイツ軍の残党を公衆の面前で射殺。ドイツに協力した人々への報復のリンチも続けられ、ドイツ人と恋愛関係にあった女性らの髪を丸刈りにした。

 スティーブンスはユダヤ人らを収容していたドイツ・ミュンヘンのダッハウ強制収容所も記録した。囚人服姿に変装し、収容者に紛れ込んで逃げようとするナチの若者を血眼になって探すユダヤ人の映像などが紹介される。「私はどんな人間の中にもナチをみいだす。私は自分自身にもナチを感じる」。そんなスティーブンスの言葉は、憎しみが連鎖し暴力や戦火がやむことのない今の世界に対する強烈なメッセージのように感じた。見逃せない内容の高精細SP完結編だ。(文・佐々本浩材/MANTAN)

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