岡田麿里監督:「アリスとテレスのまぼろし工場」 突っ込んだ思春期観 世界を壊す恋の強度 揺さぶる物語に

岡田麿里監督の劇場版アニメ「アリスとテレスのまぼろし工場」の一場面(C)新見伏製鐵保存会
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岡田麿里監督の劇場版アニメ「アリスとテレスのまぼろし工場」の一場面(C)新見伏製鐵保存会

 アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(あの花)」などの脚本で知られる岡田麿里さんが監督を務めるオリジナル劇場版アニメ「アリスとテレスのまぼろし工場」が、9月15日に公開される。岡田監督が脚本も手掛け、突然起こった製鉄所の爆発事故により、時が止まり、外に出る道も全て塞がれてしまった町を舞台に、少年少女たちが“恋する衝動”を武器に未来に向かおうともがく姿が描かれる。岡田監督はこれまでも思春期の少年少女たちの心の闇、葛藤、危うさ、痛々しさを包み隠さず真っすぐに描いてきたが、今作では「今までよりも突っ込んだ自分の思春期観を描きたかった」と突き詰めた。制作に懸けた思いを聞いた。

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 ◇世界が同時に変化を禁じられる体験 コロナ禍が与えた影響

 「アリスとテレスのまぼろし工場」は、2018年に「さよならの朝に約束の花をかざろう(さよ朝)」でアニメ監督デビューした岡田さんの最新作で、「呪術廻戦」「チェンソーマン」などを手掛けるMAPPAが制作する。平松禎史さんが副監督を務め、石井百合子さんがキャラクターデザイン・総作画監督、東地和生さんが美術監督を担当するなど「さよ朝」のメインスタッフが再集結した。

 中学3年生の菊入正宗は、変化を禁じられた町で鬱屈した日々を過ごす中、気になる存在の謎めいた同級生の佐上睦実に導かれて製鉄所の第五高炉に足を踏み入れる。そこで、しゃべることのできない野生の狼(オオカミ)のような少女・五実と出会う。3人の出会いが世界の均衡を崩していくことになる。声優の榎木淳弥さんが正宗、上田麗奈さんが睦実、久野美咲さんが五実をそれぞれ演じる。

 作品のキャッチコピーは「恋する衝動が世界を壊す」。この題材は、岡田監督が小説として書こうとしたものだった。

 「その小説がちょっと書けなくなって。そこから数年して、MAPPAの大塚学社長に『次、監督やってみますか?』と言っていただけた時に、その小説のことをずっと忘れられなくて、何としてでも描きたいという気持ちがあって、企画書を出させていただきました」

 題材となった小説は、狼少年のような嘘つきの少女と、狼に育てられたような野性的な少女が登場する物語だった。そこに「時が止まった町」「閉ざされた町」といった要素が加わっていった。

 同作の舞台である町は、比喩ではなく本当に時が止まっており、主人公の正宗や睦実は、何年も“14歳”のままだ。大人たちも同様で、妊娠中に時が止まるという過酷な状況にあるキャラクターも登場する。人々は「このまま何も変えなければ、いつか元に戻れる」と信じ、町では変化は悪として禁じられている。岡田監督が、こうした世界観を構想する上では、コロナ禍が大きく影響を与えた。

 「私たちは『変化をしなさい』『変わることは素晴らしい』と言われてきたのだけど、あの時期は『○○することが悪』というような同調圧力がすごくて、何か変化した人は悪者みたいになってしまった。今までの常識が、がらりと変わる瞬間。人生において、そういうことは個人個人でみんなに起こることだと思うのですが、今回はみんなが同時期に体験することになったんですよね。作中で『我々は運命共同体です。同じ時に同じ痛みを味わっている』というせりふが登場するのですが、同時にそうした状況になった時、人ってどう動くのだろう?と」

 岡田監督は、コロナ禍という特殊な状況下で「変化」に注目した。

 「自分が若い頃は勝手に閉じ込められたような気分がすごくあって、“変わること至上主義”のようなムードが苦手で、変われない自分がすごく怖かったんです。そういう気分って、現代の若い子にもあるんじゃないかなって。ただ、逆に『変わるな』と言われても、勝手に変わってしまうものなのではないかと。『変われ変われ』と言われているから、焦ってしまって自分の事実が見えなくなっているだけじゃないかと。そういうところも着想に入っていると思います」

 ◇思春期を突き詰めた 自身の葛藤も

 同作の中心となるのは、変わることを禁じられた思春期の少年少女たちだ。岡田監督は、作品の時代を自身が中学生だった1991年に設定した。製鉄所の爆発事故が起こる前、つまり“時が止まる”前のシーンでは、川村かおりさんのヒット曲「神様が降りてくる夜」がラジオから流れてくる。岡田監督は自身が思春期に抱えていた葛藤も作品に込めた。

 「『夢を持つ』ということも、普通に持てる子と持てない子がいて、私は夢を持てないタイプの子だったので、やっぱり夢を持って動いている人がすごく羨ましくて、『持てない自分は何かが足りないんじゃないか』とすごく焦っていました。そんな中で、思春期と変化を禁じられたとしたら……。しかも、時が止まって、もう何年もたっている。今作の少年少女たちは、何年も見た目は変わらないけど、ずっと引きずっている部分と、勝手に変わってしまう部分とどっちも持っていると思うんですよね」

 正宗たちの14歳という年齢については「人によると思うんですけど、いろいろなことに対しての知識がどんどん増えていっているけれども、まだ経験したことないことがいくつもあるという状況」と説明する。

 「その状況で止められてしまうということ。『こんな夢があるから、これからやっていくぞ』という時じゃなくて、もうちょっと前の状況を描いてみたいと思いました。自分が14歳の時のことを思い出しても、いろいろなことがもう分かってきたと思っていたし、実際にもう大人なところもすごくあると思うんですよね。ただ、私の場合は圧倒的にいろいろな経験が追いついていなくて、でも本や映画を見て、どんどん知識が入ってきて、そことせめぎ合うみたいな。私はこれまでも思春期の子たちを描くことが多かったのですが、では思春期のどういう部分を描きたいのだろうと。今回は、今までよりも突っ込んだ自分の思春期観を描こうと思いました」

 ◇脚本家がアニメ監督を務める挑戦 体感を大事に ヒリヒリ感を表現

 14歳という年齢は、さまざまなことに過度に敏感で、大人になって「あの頃は痛々しかった」と自身の14歳に思いをはせる人も少なくないかもしれない。岡田監督は、そんな14歳で時が止まり、まさに煮詰められた濃密な思春期を送る子供たちを描こうとした。とくに「思春期のヒリヒリ感」を強く意識したという。

 「私は、作品の体感をすごく意識したいと思っています。それは、脚本家としてずっとやってきて、文章だけではある程度までしか体感はいじれないからなんです。やはりアニメは映像の力が本当に大きくて、説得力があるからこそ、脚本家がアニメの監督をやらせてもらう中で、そこに挑戦してみたいという思いがあります。それは、スタッフの皆さんのそれぞれの才能を知っていて、『この人たちとだったらできる』という思いもあって、表情一つ、空の色などもみんなで細かく話し合って作っていくことができました。だからこそ、ヒリつく感じや衝動、ドライブ感というものは表現できたのかなと思います」

 絵作りの面では、「時が止まっている町」を表現しようとした。

 「静かなのだけど、独特の美しさがあるというか。逃げ場がない場所なのですが、ちょっと不思議な風が吹いているような。晴れた空をほとんど使っていなくて、ほとんどのシーンが曇り空なんです。青空を使うとしても、濃い藍色であったり、ヒリヒリした感じを出したいなと思っていました」

 ◇恋は武器になる いや応なく揺さぶられるもの

 同作は「時が止まる」が比喩でないように「恋する衝動が世界を壊す」も比喩ではないという。それほどまでにとてつもない力を持ったものとして「恋」が描かれる。少年少女たちは恋を武器にして戦う。

 「自分で『恋を武器にして戦う』という言葉を書いた時に、そうだよなと思ったんですよね。暴力的なほどの恋の強さというか、突破力というか。恋でしかできないことを書いてみたいなとすごく思っていました。恋と愛って、結構並列にされるというか、恋の上が愛のようにも語られますが、全然違うものだと思うんです」

 「恋は誰にでもできるものではない」と感じているという。

 「私自身が若い頃、人を普通に好きになれなかったんです。付き合ってみて相手を好きになっていくこともありますが、それは愛情に近いのかなと。恋のような、突然落っこちるような体験は、誰しもできるものではないなと。恋愛体質って言葉がありますが、素質もあるだろうし、巡り合わせもあるだろうし。ただ、それはすごい力を持っている。今回描いた彼らは『生きる』ということに関してすごく敏感で、特殊な状況ですり減らされていたからこそ、恋が武器にもなるし、いや応なく揺さぶられてしまう。恋がトリガーになって、そこから動き出す。恋の力が突破口になるというか。恋の強度を表現したいと」

 岡田監督は「アリスとテレスのまぼろし工場」が「誰かの物語になれば」と思いを込めた。

 「当初は、中高生だった頃の自分が見たいと思う作品にしたいと思っていましたが、なんだかんだ今の自分が見たい作品になったかなと思います。閉塞感、生きづらさみたいなものを感じている誰か、中高生はもちろん、大人も、誰かを揺さぶれたらいいなと思っています」

 自身の思春期観を詰め込み、スタッフ、キャスト一人一人の情熱が込められ、「すごく熱がある作品になった」と岡田監督が語る「アリスとテレスのまぼろし工場」。思春期の痛いほどのヒリつき、世界を壊すほどの恋のパワーを劇場で感じたい。

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