高額転売:“公式”が対策する意義とその限界

公式が転売に対するスタンスを示すことが、より一層重要になってくるのかもしれません。
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公式が転売に対するスタンスを示すことが、より一層重要になってくるのかもしれません。

 8月に開催された日本最大の同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)102」の企業ブースで配布された「邪神ちゃんドロップキック」のショッパー(ショッパーバッグ)がフリマアプリで転売されるも、制作サイドが安価で大量に出品し、公式による転売対策として話題を呼んだ。アニメコラムニストの小新井涼さんがこうした状況を分析する。

ウナギノボリ

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 先月開催された“夏コミ”こと夏のコミックマーケット(C102)の企業ブースにて、対象者に無料で配布された「邪神ちゃんドロップキック」のグッズが、フリマアプリで高額転売されたことが注目を集めました。残念ながら、こうした転売自体はよくある話なのですが、それを発見したアニメ公式が、そのフリマアプリに“転売より安値で大量出品”するという前代未聞の対策を講じたことが大いに話題となったのです。

 果たしてこうした作品側の対策はどのような効果を生んだのでしょうか。

 今回の「邪神ちゃん」公式の対策によって見受けられたポジティブな効果としては、高額転売に対してある程度の抑止力が生まれている様子が見受けられました。

 実際に、公式側からは「※買わないでね!」とアナウンスされてはいたものの、公式による大量出品は全てしっかりと落札されていたことから、その時点では高額転売よりも公式側の出品の方が優先的に購入されていたことがうかがえます。このことは、単に高額転売が抑止されるだけでなく、本来であれば作品に何の関係もない転売ヤーに渡るお金が公式に還元されるという点でも、ことの顛末を見守っていた作品のファンにとっていくらか溜飲の下がるものであったのではないでしょうか。

 しかし一方で、こうした対策の限界点も垣間見えました。公式側の動きから日数が経った後フリマアプリを見てみると、新たな高額転売出品が再び行われていたのです。

 このような出品に対して、公式側も更なる出品を行うといった対応をとられてはいましたが、抑止しきれずに高額転売の出品が購入されてしまっている様子も確認できました。確かにある程度の抑止力は生まれたものの、やはり最終的には高額転売との終わりのないイタチごっこに陥ってしまうことは免れないようです。

 公式がフリマアプリに出品するという「邪神ちゃん」の対策はかなり特殊な例ではありましたが、実は今回に限らず、昨今公式側が高額転売対策に本格的に乗り出す動きが度々話題となっています。

 たとえば、今年4月に発売された新商品を巡る混乱が度々報道されていた「ポケモンカードゲーム(ポケカ)」では、当該の新シリーズ発売と共に生産体制の強化や再生産等を進めるという声明が発表されました。加えてその後、注目商品の受注販売対応やフリマアプリでの売買への注意喚起等が頻繁に行われるようになり、さらに最近では、大手プラットフォームであるメルカリと株式会社ポケモン間で、ユーザーがより安心、安全に取引できる環境を目指した取り組みを行う「マーケットプレイスの共創に関する覚書」が締結されるといった新しい動きも生まれています。

 同様に、高額転売が問題視されてきた機動戦士ガンダムシリーズのプラモデル「ガンプラ」でも、販売ルールの変更やメーカーから取引先への呼びかけ、生産体制の強化といった積極的な対策が、近年注目を集めてきました。そして実際に、直近の話題作「機動戦士ガンダム水星の魔女」では、当初こそガンプラの代わりにお菓子の「エアリアル」が商品棚に並ぶ様子が話題になるような品薄状態等も見受けられましたが、再販や出荷数増強の甲斐もあってか十分に出回るようになり、公式側の取り組みの成果が目に見えて現れてもいます。

 逆にこれまでこうした公式側の動きがなかなか見られなかった理由には、ファンが高額転売に手を出さなくて済むほど商品を行き渡らせることが、一歩間違うと店舗が過剰在庫を抱えたり、プレミア価値の低下により手に入れた人の満足感まで自ら奪いかねないといった点も考えられます。しかし現在、そうしたリスクを覚悟してでも公式が動かざるを得なくなった背景には、フリマアプリやSNS、コロナ禍を経た需要の高まり等によって、見過ごせないほどの“転売ヤー横行時代”に突入してしまったという事実があるのでしょう。

 そんな時代にあっては、どんなに対策をしたところで高額転売を完全にゼロにすることは難しいかもしれませんが、それでもさまざまなリスクを覚悟してまで公式側が動くことに全く意味がないわけではありません。たとえ撲滅はできずとも「邪神ちゃん」のようにある程度の抑止力は生まれるでしょうし、ポケカやガンプラのような実際の取り組みや商品がちゃんと手に入るといった成果は、「この公式はちゃんと動いてくれる」というファンの信頼と安心にも繋がります。

 正直、購入側でさえ、撲滅を願いつつも「簡単にはなくならないだろうな……」と感じるほど、転売が横行しきっている今、ファンが安心して楽しみ続ける上でも、まずはこうして公式が転売に対するスタンスを示すことが、今後はより一層重要になってくるのかもしれません。

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 こあらい・りょう=KDエンタテインメント所属、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を約10年前から継続しつつ、学術的な観点からもアニメについて考察・研究し、大学や専門学校の教壇にも立つ。アニメコラムの連載をする傍ら、番組コメンテーターやアニメ情報の監修で番組制作にも参加している。

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