列車という限られた空間の中で展開する近未来SF映画「スノーピアサー」が、7日から全国で公開中だ。米俳優クリス・エバンスさんや韓国の俳優ソン・ガンホさん、英国からはティルダ・スウィントンさん、ジョン・ハートさんといった国際色豊かな出演者を束ね、スピーディーかつ緊迫感みなぎる作品を作り上げたのは、「グエムル−漢江の怪物−」(2006年)や「母なる証明」(09年)といったヒット作で知られる韓国の鬼才、ポン・ジュノ監督だ。「とにかく、列車の中でできうることすべてをやってやろう」と意気込んで作ったというポン監督に話を聞いた。
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映画は、地球温暖化を食い止めるための化学薬品の“副作用”で、新たな氷河期に突入した近未来の地球が舞台。列車「スノーピアサー」に乗り込んだ人間だけが生き残り、その列車の中では、前方車両に乗る富裕層が後方車両の貧しい者たちを支配していた。そんな中、最後尾車両に乗る男が革命を企て、仲間たちとともに先頭車両を目指す。果たして彼らの計画は成功するのか……という展開。
フランスのマンガ(グラフィックノベル)が原作。自称「マンガマニア」のポン監督は、05年にコミック専門書店でそのコミックスに出合い、「立ち読みで読破」し、映画化を決めたという。ポン監督は、第二次世界大戦の話から入る原作の設定を、映画的興奮を詰め込むために大きく変更した。映画にある、2014年に温暖化防止のための薬品をまくという設定や、列車が1年かけて地球を1周するという設定は、ポン監督が考え出したものだ。この、列車の周回が、作品に大きな効果をもたらした。というのも列車が一つのカレンダーや時計代わりとなり、「クリスマスや正月にどのあたりを通り、次はトンネル、次はあの橋を通ると分かることでさまざまなアクションを生み出せ、観客にサスペンスを与えることができる」からだ。
また、「見ている人が痛みを感じる映画にしたかった」ともポン監督は語る。それを端的に示すのが、最後尾車両の乗客の凍った腕を、前方車両の人間がスプーンでたたく場面だ。「あのトントンという音がなくても物語は進みますが、あれがあることで観客に“体が鳴っている”ということを感じてほしかった」と自身のこだわりを解説する。
出演者が国際色豊かなのも今作の特徴だ。支配する側の“悪役”の一人、メイソンを演じているのは「ナルニア国物語」などで知られるスウィントンさんだ。以前から知り合いだったというスウィントンさんは、ポン監督がシナリオを書き上げる前から出演が決まっていた。ところが、いざそれが出来上がってみると「ティルダさんができそうな役がなかった」。メイソンは当初、中年男性を想定していた。「でも、どうしても彼女にやってもらいたくて性別を変えてしまったんです」と、スウィントンさん出演の経緯を打ち明ける。特殊メークを施し、メイソン役に徹したスウィントンさんの怪演は見ものだ。
ポン監督自身が驚いたのは、革命を企てる最後尾車両に乗る男カーティスを演じたエバンスさんだ。今回のキャスティングでは、無名の俳優のオーディションも行った。「そうしたら、名簿の中にクリス・エバンスという名前があるじゃないですか。『あのクリス・エバンスか?』とスタッフに聞いたらそうだと。『あの、キャプテン・アメリカが来るのか?』と聞いたらそうだと! 彼は、私の過去の作品を見ていてくれたようですが、それにしてもオーディションに来てくれたのにはびっくりしました」とエバンスさんの起用が“うれしい驚き”から始まっていたことを明かした。
さらに、もう一人忘れてはならない俳優に韓国の大ベテラン、ソン・ガンホさんがいる。ソンさんはこれまでポン監督の「殺人の追憶」(03年)と「グエムル」に出演しており、自身いわく「とても人見知りで寂しがり屋」なポン監督には心強い存在だ。ソンさんが演じるのは、薬物中毒だがセキュリティー設計のプロ、ナムグン・ミンスで、ソンさんは、周囲が英語を話す中、一切英語を話さないという役柄。というのもポン監督自身が、ソンさんが「英語を話す姿を見たくなかった」からだ。
欧米のスタジオがアジアにまつわる映画を作るとき、異なる言語が混ざり合うことがよくある。その違和感をポン監督は、自らの作品で観客に味わわせたくなかったのだ。だからナムグンが話すのは韓国語オンリー。ただし、翻訳機の助けは借りている。それについてポン監督は「最近は翻訳機があるし、スマートフォンにもそういうアプリがあるから」と傍らにあった自分のスマートフォンをつかみ、それに韓国語らしき言葉を話し掛けた。するとスマートフォンから聞こえてきたのは、「列車走る」という機械的ではあるがはっきりとした日本語の声だった。「このアプリ、おすすめです(笑い)。ですからこれはSFではなく現実といえるものなんです」と自身が考えた設定が決して荒唐無稽(こうとうむけい)でないことを、実例を見せつつ説明した。
「これは、列車の中で起こる約2時間の物語。事件もすべて列車の中で起こる。こうした作品に巡り合うのは、映画監督として一生に一度のことではないかと思います。ですから、他の監督が今後、列車の中を舞台にした映画を絶対撮れないようにしてやろうというある意味、幼稚な魂胆がありました」と照れ笑いするポン監督。その意気込み通り、今作には、急カーブを通過するスノーピアサーの前方車両と後方車両が向き合い、それぞれの車両から銃を撃ち合う斬新な場面が登場する。ちょうど、今回の来日でポン監督と対談した脚本家の宮藤官九郎さんが「夢のような設定。特に列車好きにはたまらないでしょうね」と表現した場面だ。ポン監督は今作を撮るにあたって「列車に関するドキュメンタリーをいろいろ見て発想を得た」というが、「銃撃戦もウエスタン(西部劇)を意識しました」と解説する場面もまた、見どころだ。
これまでポン監督は、市井の人が難事件に挑み、それを解決する話を作ってきた。そこには「力のない人が一生懸命ミッションに臨むほうが好きだし、見ている人も共感を得られる。実際、私たちはそちら側の人間だから」との思いがある。ただ、今回の主人公はエバンスさん演じるカーティスではあるが、ポン監督自身の考えを投影させたのは、ソンさんが演じたナムグン・ミンスだという。「カーティスは、この映画においては革命を試みようとしているリーダーであり、常に列車の前方車両に行こうとしています。一方、ガンホさんが演じたナムグン・ミンスはまったく違う次元のビジョンを持っている。このあたり、ネタバレになるので詳しく話せませんが、映画が語ろうとしているテーマを背負っているのは、ナムグン・ミンスなんです」と意味深な表情で語った。映画は全国で公開中。
<プロフィル>
1969年、韓国出身。延世大学を卒業後、95年、韓国映画アカデミー第11期生として卒業。2000年「ほえる犬は噛まない」で長編映画監督デビュー。03年の「殺人の追憶」に続き、06年「グエムルー漢江の怪物−」を発表。09年には長編4作目となる「母なる証明」を監督した。他の監督作に、仏・日本・韓国合作のオムニバス映画「TOKYO!」(08年)の一編「シェイキング東京」がある。
(インタビュー・文・撮影:りんたいこ)
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