黒川文雄のサブカル黙示録:大震災で果たしたインターネットの役割

 2011年3月11日、東日本大震災が発生した。この日は日本にとって忘れることのできない日になった。世界規模で見ても観測史上最大のチリ地震のマグニチュード9.5に近い9.0という激震が襲った。

ウナギノボリ

 僕自身は、商談を終えて、地下鉄のホームで電車を待っていた。まずは横揺れ、その後大きな縦揺れ。「ちょっといつもより大きいな」と思っていたが、ホーム内の照明がすべて消え、同時に女性客の悲鳴のようなものが響いた。真っ暗なホームを歩き、階段で地上へ出たが、街路樹や電信柱がグラグラと揺れている。改札口や券売機は停電で使用不能、パスモもリセット不可で、遅延証明書のような用紙を渡されて改札を出た。その後、都市交通機能は麻痺(まひ)し、帰宅難民が道路を埋めつくした。今回の地震は、阪神大震災にも匹敵する、原発危機を鑑みればそれ以上になりそうな勢いで、その被害は痛ましく、一日も早い救援が行き届くことを期待している。

 そして今回の地震の考察は、いろいろな議論が交わされることだろう。また原発への危機感もさらに募るだろう。しかしまずは生きてこその人生。人命の尊さを最優先に考えたい。

 そのような中で、意外な弱さを見せたのは携帯電話系サービスだった。災害伝言ダイヤルなどの緊急サービスはあれども、通常の携帯電話サービスを利用するのが人の常、リダイヤルのログが膨大になり通話機能はほとんど無意味だった。一方で、一般の公衆電話や携帯メール機能は、安否確認にずいぶんと役立ったと思う。やはり公衆電話のインフラは強い。アナログを笑うものはアナログに泣く。公衆電話のインフラは携帯の普及に伴い、削減の一途をたどっているが、やはりある程度は残してほしいサービスだ。

 さて、今回の災害で、インターネットが果たした役割は大きい。メールでの安否確認、ツイッターでの情報拡散(デマや偽情報のチェーンメールもあったが)、ポータルサイトでの情報の告知など、大いに役に立った。テレビでの一方的な放送と異なり、自分で情報を取捨選択できるのが魅力だ。

 そしてもうひとつのネットの存在意義的なものを感じることができた現象が「義援金」や「寄付」などの援助活動である。地震の発生を受け、パナソニックが3億円、任天堂も3億円、ソニーが3億円とラジオ3万台、東芝も5億円相当の寄付を発表した。同じようにネット系企業も同様の動きがあった。グリー、モバゲー、ハンゲームなど義援金、アバター販売による支援金、アクセスポイントの無料化などがそれにあたる。そして、被災者の我慢強い秩序ある対応にも、外国から称賛の声が届いた。さらに一般市民レベルでも、ネットを中心に支援を訴えかける動きがあった。異色なのはツイッターで、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場し、電力の使用を控えようと呼び掛けた「ヤシマ作戦」だろう。普通に節電を呼び掛けるよりも、多くのファンに訴えるものがあったらしく、話題になっている。

 一見、何も変わらないように見える日本だが、市民レベルの改革は起こっているようだ。「ピンチは最大のチャンス」というが、それが災害という契機によって見え、再確認できたのは興味深い。みんなの支援によって、被災地、被災者の皆様の一日も早い復興を推進になればと思う。

 著者プロフィル

くろかわ・ふみお=1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、映画・映像ビジネス、ゲームソフトビジネス、オンラインコンテンツ、そしてカードゲームビジネスなどエンターテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。ブログ「黒川文雄の『帰ってきた!大江戸デジタル走査線』」(http://blog.livedoor.jp/kurokawa_fumio/)も更新中。

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