共喰い:青山真治監督、主演の菅田将暉さんに聞く「現場で生まれたものを信じてやっていた」

映画「共喰い」について語った青山真治監督(右)と菅田将暉さん
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映画「共喰い」について語った青山真治監督(右)と菅田将暉さん

 2011年に芥川賞を受賞した田中慎弥さんの小説を映画化した「共喰い」が7日から全国で公開されている。メガホンをとったのは、「東京公園」(11年)や「EUREKAユリイカ」(00年)などの作品で知られる青山真治監督。青山監督と主演の菅田将暉(すだ・まさき)さんに話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

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 「今回は、われわれができる限り原作に忠実に接するとどうなるか。そこを取り組みのテーマにしました」と語る青山監督。田中さんの原作小説は、昭和63(1988)年、昭和最後の夏の山口県下関市を舞台に、父とその愛人と暮らす男子高校生のひと夏の体験がつづられている。その映画化となる今作では小説の結末の“その先”が描かれているが、それ以外は、登場人物のせりふを含めほとんど同じだ。まとわりつくような夏の暑さやよどんだ川の水、そういった情景も忠実に描出されている。

 今作で主人公の篠垣遠馬を演じたのが菅田さんだ。光石研さん演じる遠馬の父・円(まどか)は「行為の際に女性を殴る」性癖があり、戦争で左手を失った遠馬の実母・仁子(田中裕子さん)は、そんな円に愛想をつかし、遠馬を産んですぐに家を出て、近くで魚屋を営んでいる。遠馬は、幼なじみの千種(木下美咲さん)と交際中で、いつか自分にも父の性癖が現れるのではないかとおびえながら生きている。そうした複雑な背景ではあるが、遠馬はいたって普通の17歳の若者だ。菅田さん自身、普通だからこそ役作りには「何をしていいのか分からなかった」という。

 「演じる人物が個性的で、例えば特徴的なしゃべり方をしていたり、着る洋服が変わっていたり、登場の仕方が面白いといったことがあれば演じやすいのかもしれません。その点、今回の役はありのままといえばありのままだし、何もしていないといえば何もしていない。ですから、現場に行って、青山監督がいて、セットがあって、服を着て、そのせりふをしゃべって、そこで生まれたものを信じてやっていました」と演じながらの戸惑いを口にする。その一方で、遠馬が体験するような出来事には遭遇したことはないが、「遠馬の苦悩というか、日々生きている中で感じていることにはすごく共感できました」と語る。

 そんな菅田さんに対して青山監督は「“菅田がいればそれでよし”としか考えていなかった」と全幅の信頼を寄せていたようで、撮影中は菅田さんを含め、「俳優たちの芝居を見ながら現場で作り上げていくことが多かった」と振り返る。

 苦労した場面について青山監督は、円が愛人・琴子(篠原友希子さん)との行為のあと、薄暗闇の中で立ち上がる場面を挙げる。「あれは大変でした。仕掛けとして時間がかかったんです。蚊帳をつって、こちら側から扇風機で風を当ててゆらゆらさせたり。装着するベルトについた金具が光るという想定外のことも山ほど起こって……。CG処理もできるんですけど、そのときはそういう頭がないから、あれを塗れとか、色をちょっと足せとか、いろんなことをやりながらできたショットでした」と振り返る。

 一方の菅田さんは、ラブシーンを演じるのは「めっちゃ緊張した」と打ち明ける。とりわけ終盤のあるシーンでは、緊張で汗が止まらなかったという。「毛布をかぶっているし、そばに置いてあった電熱器も熱いし、汗だくでした」。すると青山監督は「現場で作っていくという中には、遠馬を演じる菅田の緊張みたいなものもすべてひっくるめて映せたらという希望がありました」と演出の狙いを明かした。

 そうして出来上がった今作を、菅田さんは「転機となる作品」と胸を張る。「作品はもとより、今回のキャスト、青山監督、スタッフさんたちみなさんとの出会いによって、今後の自分に大きな変化が起こるだろうと撮影前から直感していましたし、小説を読んだときにもそれは感じました。実際に現場にいて、この世界にもっといたいと思いましたし……」と話す表情からは、今作が並々ならぬ思いで挑んだ作品であったことがうかがえた。また、菅田さんにとって今作は、初めて海外で披露された作品でもある。今作は8月にスイスで開催されたロカルノ国際映画祭において、若い審査員が選考するYOUTH JURY AWARD最優秀作品賞と、スイス国内の批評家が選考するボッカリーノ賞最優秀監督賞の2冠に輝いている。その経験から「映画に出ている自分を初めて客観視できた。(映画祭で)僕を知らない人たちが『共喰い』を見てくださって、みなさんが素直に親指を立ててよかったよかったと言ってくれていた姿を見て、改めてこの世界にもっといたいなと思えました」と俳優としての意欲を高めたようだ。

 では、青山監督にとって今作はどんな作品なのか? すると、菅田さんの答えを意識してか「転機ですね」といったあとに、「恥ずかしい、恥ずかしい」と顔を赤らめ、「いろんな意味で、今までやったことのないことも、今までやってきたことの延長線上にあることも開花したという思いがあります。僕自身としては充実した作品になりました」と言い切った。

 インタビュー中、菅田さんの魅力を青山監督に聞くと、「本人を前にしてですか?」といいづらそうにし、そんな青山監督を気遣い、わざとそっぽを向くなどしていた菅田さん。2人とはこのとき初対面だったが、青山監督は照れ屋、菅田さんは自分をしっかり持った20歳の好青年だった。

 「いつまでたってもミステリーなのが女性」という理由から、「21世紀に入ってからは、基本、女性しか撮りたくない」と話す青山監督だが、菅田さんに対しては、ふとした拍子に「何本か続けて撮りたいよね、せっかく知り合ったんだから1本きりというのは寂しい。もっとやればやるだけふくらんでいく気がする」とつい本音を漏らしていた。それはすなわち、青山監督が菅田将暉という俳優の演技力を認め、さらなる興味を持った証しでもある。今後2人のコラボレーションがまた見られることを期待しつつ、その1作目となる今作を、まずはじっくり楽しんでほしい。映画は7日から全国で公開中。

 <青山真治監督のプロフィル>

 1964年生まれ、福岡県出身。96年「Helpless」で長編映画デビュー。「チンピラ」(96年)、「冷たい血」(97年)などをへて、2000年、「EUREKAユリイカ」が第53回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞とエキュメニック賞に輝いた。11年、「東京公園」がスイス・ロカルノ国際映画祭金豹賞審査員特別賞を受賞。ほかの作品に「レイクサイド マーダーケース」(04年)、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(05年)、「サッド ヴァケイション」(07年)などがある。また、01年発表のノベライズ小説「EUREKAユリイカ」は三島由紀夫賞受賞。11年には舞台にも進出しており、今年は「私のなかの悪魔」を演出した。

 <菅田将暉さんのプロフィル>

 1993年生まれ、大阪府出身。第21回「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」ファイナリスト。2009年「仮面ライダーW」で、シリーズ史上最年少ライダーとしてデビュー。その後、映画「麒麟の翼~劇場版・新参者」「王様とボク」(ともに12年)、テレビドラマ「泣くな、はらちゃん」「35歳の高校生」(ともに13年)などに出演。11年の舞台「タンブリングVol.2」では初座長も務めた。映画「陽だまりの彼女」と主演作「男子高校生の日常」がともに10月12日から公開。「そこのみにて光輝く」は14年春公開の予定。

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