戦前、カナダに実在した日系人野球チームを題材にした映画「バンクーバーの朝日」が20日に公開された。1914~41年にカナダのバンクーバーで活動した日系カナダ移民の2世を中心とした野球チーム「バンクーバー朝日」のメンバーを、妻夫木聡さん、人気グループ「KAT−TUN」の亀梨和也さんらが演じ、差別や貧困と戦いながら日系移民に誇りと勇気を与えた当時の活躍を描いている。今作のメガホンをとった映画「舟を編む」(2013年)などで知られる石井裕也監督に、作品に込めた思いや、野球の試合のシーンへのこだわりなどを聞いた。
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映画化にあたって当時の状況などを聞いた石井監督は、「本当にバンクーバーに日本人移民が行っていたという程度の認識で、最初はすごく想像外から始まった」と振り返る。実際には30年近く活動していたチームだが、映画では1年間の1シーズンの物語としてまとめられている。「厳しい状況の中で、いかに朝日(チーム)が立ち上がったか、どういう気持ちでどう立ち向かっていったのか」という部分に焦点を絞ったといい、「そこが一番知りたかったし、描きたかった」と強調する。
長い年月を1年間の出来事として再構築する上で、「時間の凝縮もしたし、フィクション的なアプローチももちろんしている」と前置きするも、「朝日のスピリットみたいなものはうそをついてはいけず、そこだけは死守というか、ちゃんと描かないといけないという思いがあった」と当時の心境を明かす。時代背景を考えると重いエピソードもあるが、中にはコミカルなシーンも出てくる。石井監督は「大変だ、大変だという話を描いてもしょうがない」と考え、「大変だからこそいかに生きるかや、どうするのかというところがメインだと思った」と演出面での方向性を語った。
登場人物は19世紀末から戦前にかけ、日本を飛び出しアメリカ大陸へと渡った日本人移民とその2世。「自国を飛び出していくことは相当な勇気も覚悟も必要だったと思うし、単純に大変なんだろうなと」と“移民”という言葉の印象を語りる。監督自身、移民するかどうかを聞くと、「じゃあ行ってみようという感覚にはならないですよね」と笑いつつ、「どうしても抜け出さなきゃならない何かがないと、きっと僕は移民はしないでしょう」と当時の人々の行動に感服する。
主人公のレジー笠原というキャラクター像「右でも左でもない、白でも黒でもない、ものすごく真ん中にいる人」を想定して作り上げた。「(レジーは)いろんな考え方をしてくれるので、どこにも偏っていないというか、どこにも属していない。ものすごく自由な考え方をし、視野が広い」と語る。続けて「わりと複雑で現代の日本に生きている僕らにはよく分からない世界を描く上で、“観客のファクター”になるような存在というイメージはしていた」とレジーの役割を説明し、「現代人にも通じる何かをレジーには持っていてほしかった」とキャラクターへ込めた思いを明かした。
レジーを演じる妻夫木さんとは「ぼくたちの家族」(14年)に続いてのタッグとなるが、「真ん中にちゃんと存在できて周りの人を立たせられるというか、芝居をちゃんと受けた上で周りの役者を立たせられる俳優という本当にまれな存在」と妻夫木さんを評する。ほかに亀梨さん、勝地涼さん、池松壮亮さんら豪華な顔ぶれがそろうが、「真っすぐな人(を選びたい)というのは一つあった」とキャスティングへのこだわりを明かす。「いろんな角度の真っすぐがあると思うけど、ものすごく純粋というか、真っすぐ前を見ている人」というのが選定基準として頭にあったという。
妻夫木さんの好演に加え、せりふが少なめで少し陰のあるロイ永西役で新境地を切り開いている亀梨さんが印象的だ。石井監督は「レジーとロイは(妻夫木さんと亀梨さんの)当て書き」という。「こういう役をやったら面白いのでは」と役柄と2人を重ね合わせたと振り返る。こだわりはキャスティングだけでなく野球のプレーにも表れており、試合シーンでは全員吹き替えなしを石井監督は要望した。「吹き替えをすると現場の空気やスタンドで見ている客役のリアクションが変わってしまう」と理由を説明。撮影についても「テレビ中継で見るものが一番しっくりくるけれど、ものすごく客観的な撮り方にしないとドラマにはならない」と前置きし、「いかに人物の気持ちとかに寄り添えるかということを考えたけれど、寄り添いすぎると何をやっているか分からなくなるので、バランスはかなり探った」と力説する。
舞台となる日本人街などは当時のことを綿密に調査し、作品独自の世界観を表現するために壮大なセットで再現した。白人街と日本人街にはさまれるように野球場があるのが特徴だが、「モチーフにした球場が日本人街に隣接していたので、どこを切り取るかと。切り取ったら真ん中に球場があるということになった」と話す。そして、当時のものに近付けたという日本人街全体の雰囲気については「日本人街として広く知られている『パウエルストリート』よりは、もっと生活感があり日本人的なものが出ているような温かみやぬくもりがあるところをメインに据える方向性で作った」と解説する。
当時を反映して、せりふなど現代では使われていないような表現も多々あるが、「そこは逃げられない部分」と正面から挑み、「狙いは明確にあったので、歴史をなぞったり、紹介する部分も要素としてあるけれど、それだけではなく、もっと優先順位(の高いもの)があるということ」とどこか生々しさを感じさせる世界観が青春映画のような雰囲気もかもし出し、さらには現代社会にも似た空気感も持つことに成功している。「どちらが悲惨かという話は別にして、古今東西、何か生きづらさを感じているような人は、その中でどう生きるのかということを問われていると思う。そういう意味では現代人にも、日本だけでなく、いろんな国の人にも伝わるテーマを持っているのではないかと思っている」と今作の出来に自信をのぞかせる。
朝日は、バントや盗塁を駆使した独自の作戦を駆使して戦う。「状況よりは、何か精神的なもの、つまり自分の弱さをちゃんと自覚し認識して、それに対してよく考えて身の丈に合った作戦を編み出す。そしてやる時は本気でやるという精神的なものを大事にし、流れを脚本で作っていった」と作戦誕生のエピソードを語り、朝日の“その後”もきっちり描いている点も「自分たちで変えられる世界と変えられない世界があって、戦争が一番大きいけれど、絶えず理不尽というか、不条理な状況の中でもがいているという朝日の姿を撮りたかった」と熱い思いを語る。
石井監督が初めてはまったポップカルチャーは、マンガで、当時好きだった作品が「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されていた「モンモンモン」だという。今回の撮影に全力投球した結果、「ちょっと燃え尽き症候群みたいなところはあります」と笑い、作品全体を通して「キャストの演技は特筆すべき点で、出演者全員が、すごくこの世界に生きている感じがする」と絶賛し、「野球に興味がない方も移民の事実を知らない方でも、誰でも楽しんでもらえるような、ものすごく深いエンターテイメントになったと思っています。でも軽い気持ちで映画館に来てくれるといいなと思います」とメッセージを送った。TOHOシネマズ日劇(東京都中央区)ほか20日から公開中。
<プロフィル>
1983年6月21日生まれ、埼玉県出身。2005年に大阪芸術大学の卒業製作として監督した「剥き出しにっぽん」で、ぴあフィルムフェスティバル「PFFアワード2007」でグランプリと音楽賞を受賞。08年には香港で開催されたアジア・フィルム・アワードでエドワード・ヤン記念アジア新人監督賞を受賞し、海外でも注目を集める。第19回PFFスカラシップを獲得して製作した「川の底からこんにちは」(10年)で第53回ブルーリボン賞監督賞を歴代最年少で受賞したのに続き、13年公開の「舟を編む」では史上最年少で第86回米国アカデミー賞外国語映画部門日本代表作品に選ばれた。また同作で第37回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞も史上最年少で受賞。その他の主な作品に「あぜ道のダンディ」(11年)、「ぼくたちの家族」(14年)などがある。10年に「川の底からこんにちは」の主演女優の満島ひかりさんと結婚した。
(インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)
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