ドラマ「女王の教室」(2005年)や「家政婦のミタ」(11年)といった話題作の脚本家として知られる遊川和彦さんが、初めてメガホンをとった映画「恋妻家宮本(こいさいかみやもと)」が28日に公開された。阿部寛さん演じる中学校教師・宮本陽平と、天海祐希さん演じる妻・美代子が、結婚27年目にしてようやく互いの存在に目を向けあう姿を描いた大人のラブストーリーだ。自らの脚本で初の映画監督に挑んだ遊川さんに、今作に至る経緯や、初監督の感想を聞いた。
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「脚本を書いていると、どうしても、明らかにこれはカット割りを指定しているよな、みたいな書き方をしてしまうんですね。それは悪いくせだと思いながら、どこかで間違ったものを撮ってほしくないという思いもあるんです」と話す遊川さん。子供のころ、映画「ミクロの決死圏」(1966年)を見て、「映画ってすごいんだな」と感動し、高校時代、文化祭の演劇で「必殺仕事人と白鳥の湖」というタイトルの「めちゃくちゃな話(笑い)」の台本を書き、「自分しか分からないから」と演出した。そのときの楽しさが忘れられず、以来、演出家を希望してきた。そして今回、念願の映画監督を務めたわけだが、そこに至るまでには、少々の時間を要した。
最初のオファーは脚本の執筆だった。原作は重松清さんの小説「ファミレス」。そのまま映画化しても十分いい話になった。しかし、これまで数々のオリジナルドラマで視聴者の意表を突き、お茶の間を沸かせてきた遊川さんのこと。「いい話でまとめたくなかった。これまでの重松世界にはないような、ポップさとか、悪ふざけとか、そういうものがある、突き破ったようなものにしたかった」と考えるのも無理からぬことだった。重松さんにはその旨を伝え、了承を得た。
ところが、書いているうちに、どんどん原作の印象とかけ離れていき、それにつれて、「(演出する)監督は、この世界を分かってくれるんだろうか。誰が監督になっても、こんな(台)本はやりたくないだろうな」という思いがふくらんでいった。やがて、「自分が撮るしかない」という気持ちが頭をもたげるも、「自分から(監督をやりたいと)言うのは下品だと思ったから絶対に言うまい」と口をつぐんだ。しかし、その後も監督選びは難航し、ある日ついにプロデューサーから、「遊川さんに撮ってもらうしかないという結論に達しました」と言われ、「ああ、やっと来た」と胸をなで下ろした。
初めての監督業を振り返り、「いろんなことに、ライブで対応しなきゃいけないのは楽しいし、自分にこんなことができるんだと気付かされました」と晴れやかな表情を浮かべる遊川さん。その一方で、これまで築いてきた脚本家としての地位と名誉が、「一瞬にして崩れるかもしれないという恐怖心もあった」と明かす。それでも、「明日の自分を信じながら、『大丈夫だ、大丈夫だ』と自分に言い聞かせながら戦っていた」という。
「ほかの監督さんはどうか分からないけれど、僕は、監督になったら大したことないと言われたくないから、絶対なんとかしてやろうという気は、かなりほかの人より強かったと思います。それがよかったのか悪かったのか分からないけど、必死で頑張って、必死で動こうとしていました。はたから見ると、『元気にやってるな』としか思われなかったようですが」と苦笑する。
陽平と美代子を取り巻く登場人物の設定など、重松さんの原作を大きく変えているが、原作における「優しさ」と「正しさ」についての陽平の思いは大切にした。「あれがなかったら、きっと書かなかったと思う」と遊川さん。「これは、世界中の人に、本当に今こそ伝えるべきものだと思いました。それはもちろん重松さんに言った記憶があるし、それがちゃんと伝わるには、どういう話の筋にしていくのがいいかは、かなり意識しました。すべてがそこに向かうように作っていった気がします」と執筆過程を振り返る。
阿部さん演じる陽平と、富司純子さん演じる教え子の祖母が対峙(たいじ)する場面では、阿部さんに「まず、カッコよくやらないでくれと言った」という。「こちら側に、守ってくれと目線を送っている人間(教え子)がいる中で、自分にはなんの確証もないが、とりあえず言った。そういうふうな芝居を要求しました。そういう言葉だからこそ、真摯(しんし)さとか必死さが伝わる。正論は分かっているけれど自信満々に言っているわけではない。だから最後、『優しさだと思います』ではなく、『優しさではないでしょうか』という問いかけになっているのです」と説明する。阿部さんは、もちろん賛同してくれたそうだ。
映画は、子供が巣立ち、2人きりになった夫婦の姿を描いている。夫婦の関係を、「人が死んだりするドラマより、よほどサスペンスでありミステリー(笑い)」と表現する遊川さんだが、自身も14年に結婚した。「結婚していなかったら、もっときれいに書いたと思います」と打ち明ける。そして、「うちも女房と2人の生活ですから、2人でいるときの空気感といいますか、例えば、仲の悪い武士が2人でいるときのような場合もあるわけですよ(笑い)。あるいは、仲のいい時は空気が変わるとか。そういうのは、ライブで味わわないと分からない」と、今回の脚本作りに“協力”してくれた妻への謝意をのぞかせつつ、自身の体験が物語に織り込まれていることをほのめかす。
ちなみに遊川さんは、美代子役の天海さんに「妻というのはそんなに愛想よくしゃべりません。普通にしゃべると、男からすると非常に不愛想に聞こえるんです。それに、(普段は)そんなに目を合わせません。その代わり、文句があったときは執拗(しつよう)に見ます(笑い)など……。そのへんは強調した記憶はある」そうだが、世の妻の多くはその言葉に思わず共感するのではないだろうか。
今作の撮影は、16年1月中旬から3月上旬にかけて行われた。それからほぼ1年がたつが、今後も、監督と脚本家の「両方をやっていきます」と力強く語る遊川さん。「僕とやってくれるのは、勇気のある、情熱のあるプロデューサーばかりなので、その人たちがやりましょうと言ってくれる限りは、脚本家だけでなく映画監督もやっていきます」と意欲を見せる。すでに次回作の構想もあるという。「今度はオリジナルです。今までにはない映画、今までにない脚本を作ろうという気持ちでやっています。やっぱり、ジジイがそういうものをやっているというのを見せることが大事だと思います」と後進の育成も視野に入れてまい進する構えだ。「恋妻家宮本」は全国で公開中。
<プロフィル>
1955年生まれ、東京都出身。広島県で育ち、大学卒業後上京。映画学校に短期間在籍後、テレビ制作会社ディレクターを経て、87年の「うちの子にかぎって…スペシャル2」で脚本家としてデビュー。2003年のスペシャルドラマ「さとうきび畑の唄」の脚本で、文化庁芸術祭大賞(テレビ部門)受賞。05年「広島 昭和20年8月6日」は日本民間放送連盟賞番組部門・最優秀作品に選ばれた。「女王の教室」(05年)で第24回向田邦子賞受賞、「家政婦のミタ」(11年)で東京ドラマアウォード脚本賞受賞。ほかの主な作品に「学校へ行こう!」(91年)、「GTO」(98年)、「魔女の条件」(99年)、「オヤジぃ。」(00年)、「純と愛」(12-13年)、「○○妻」「偽装の夫婦」(共に15年)、「はじめまして、愛しています。」(16年)などがある。
(取材・文・撮影/りんたいこ)
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