住吉美紀:父が亡くなったという電話に「手が震えて、歯も震えて」 父直筆の手紙に「懐かしく、いとおしく」 「徹子の部屋」で

2月20日放送の「徹子の部屋」に出演した住吉美紀さん=テレビ朝日提供
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2月20日放送の「徹子の部屋」に出演した住吉美紀さん=テレビ朝日提供

 フリーアナウンサーの住吉美紀さんが、2月20日放送の黒柳徹子さんの長寿トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)に出演。亡き父の思い出などを語った。

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 小学1年生から5年生まで米ワシントン州シアトルで4年半暮らした。「今思えばほとんどアメリカ人のような子で、日本語の方がちょっと不自由だったかもしれません」といい、「広い校庭を走り回ったり、ローラースケートで通学したり、とても楽しい小学生時代を過ごしました」と回顧する。中学時代は日本で、高校生活はカナダのバンクーバーで過ごした。

 木材の貿易を担当していた父は50歳で会社を辞め、カナダ在住のまま、コンサルタントを自営で始めたが、54歳のとき交通事故で亡くなった。「私は社会人3年目に入ったくらい、25歳だった」という。早朝に電話を取ったところ、カナダにいる母から「落ち着いて聞いてね。お父さんが亡くなった」と言われた。

 「手が震えて、歯も震えてガチガチ(と鳴った)。信じられなくて、しばらくぼう然と」したと話す。その日のうちに、日本にいる親戚と一緒に飛行機でバンクーバーへ向かったことを覚えている。「本当に信じられない、うそであってほしいと思いながら、ぼう然と(飛行機に)乗っていたのを覚えています」と語る。

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 コロナ渦の後、2年ほどかけてカナダの実家じまいをした。父の遺品が保管してあったので、処分すべきものは処分した。すると「就職活動の時期や社会人になり立てのころ、社会人の父によくいろいろな細かいことを相談していたんです。父は面倒くさがらずに、直筆の手紙に書いて、それをファクスで送ってくれた」ものの原本が出ていた。

 「父はこんなに丁寧に私にいろんな言葉をくれていて、最後はだめになったら実家に帰ってきなさいとか優しい言葉をかけてくれていたんだな、と。私が社会人として30年働いてきたからこそ、父の優しさや偉大さが分かるようになりました」としみじみ語り、「父の直筆は懐かしく、いとおしく、ながめるようになりました」と明かした。

 実家じまいのあと、母は東京に戻ってきた。近くに住み、共通の趣味もでき、「私と夫と3人で仲よく過ごしている」と語った。

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