ピース又吉直樹:初の恋愛小説「劇場」が話題 「2作目が勝負といわれ…」執筆の苦労を語る

2作目の小説「劇場」について語った又吉直樹さん
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2作目の小説「劇場」について語った又吉直樹さん

 お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんの2015年の芥川賞受賞作「火花」に続く、2作目の小説「劇場」(新潮社)の単行本が11日、初版30万部で出版され、発売1週間で各ランキング1位を獲得、3万部の重版となった。「劇場」は、又吉さんにとって初の恋愛小説で、原稿用紙300枚におよぶ長編。主人公は売れない劇作家の永田で、女優を目指して上京した大学生の沙希と運命的に出会い、やがて恋人となった沙希の部屋で同棲(どうせい)を始める。永田は自らの夢とうまくいかない現実とのはざまで葛藤しつつ、沙希というかけがえのない人を思う気持ちが交錯する切ない青春恋愛小説だ。又吉さんに2作目の執筆のいきさつや苦労などを聞いた。

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 ◇「劇場」の書き出しは「火花」より先にだった

 ――「劇場」は2年ぶりの小説です。この2年という期間についてはどう感じていますか。

 自分では間に1冊、本(2016年6月に新書「夜を乗り越えて」)を出してますし、他にずっと仕事しているので、遅いとは思わないんですけれども、もうちょっと早く出せたらよかったかなとは思いますね。

 ――初めて出した小説「火花」が芥川賞を受賞して、すごく話題になって書きにくさはありましたか。

 それはやっぱり書きづらさの方が大きかったですかね。1作目を読んでいないような人にも「2作目が勝負だ」と言われていましたので、作品の興味というよりは、言葉の雰囲気から、話題になったやつが2作目を書いて、うまくいくのかいかないのかと結果が注目されていると感じられたので。だから、あまりそっちの期待には応えたくないというか、いいものを作って発表できたらいいな、とは思っていました。

 ――2作目のモチーフは1作目より前に作られていたとか。

 最初の60枚くらいは「火花」より先に書いていて。テーマとしてゆっくり順に書きたいなというのがあったので。あとその前にもいろいろ仕事があって、作業に入る時間がない中で60枚だけ短時間で書いて提出して、そして「火花」を書いたので、「劇場」の方がとりかかったのは先ですね。

 ――どちらを先に出そうかという逡巡(しゅんじゅん)はあったんですか。

 書き始めたのは「劇場」が先ですけれど、一緒にやりませんかという声をいろんな方から掛けてもらう中で、昔からよくお世話になっている新潮の編集の方が、「いつか小説を形にしたい」と昔から言ってくださっていたので「そんな力はないので無理ですよ」と言いながらもずっと気に掛けてくれていて、(「火花」の)文藝春秋も新潮もそうだったので、同時進行で進めていっている中で、作品の性質として「火花」は割と衝動的で突っ走ったら面白くなるんじゃないかなと。冷静に僕が30代の視点で見つめ直すと書けないようなことがあるから、短期間で書いた方が面白いんじゃないかなと思って。今の僕やからこそ書けたともいえるし、今の僕の感覚ではもうすでに書きにくい物語にさしかかっているぐらいのものが「火花」やったと思うので、最初はやっぱり「火花」でよかったのかなと思います。

 「劇場」も近い部分があって、「火花」と表と裏のようなよく似ている作品になったとも思うんですけれど、「劇場」の方はじっくり観察して丁寧に書いた方が面白くなるんじゃないかなと、どちらが作り方としていいのかは、作品の性質に合わせてそうした方がいいのかなと僕が思ったんですけどね。

 ――「劇場」は後半、すごく勢いがあるように感じられたのですが、じっくり書かれたとは意外です。

 そうですね。じっくり……。最初の60枚を1、2カ月かけて書いて、間が2年ありますけれど、その間に「火花」を3カ月、4カ月書いていて、そこからいろいろ新聞の原稿とか、芥川賞を受賞したことによっての宿題みたいなものがあったりとかで、1年以上はまったく触れていないので、本格的に書いたのは昨年9月から年明け1月いっぱいぐらいですかね。後半をちょこちょこ書いていて、まとまって50枚くらい書けたのは昨年9月ぐらい。で、そこから残りの期間で残りの半分以上を書きました。

 ◇性的な描写のない恋愛小説になった理由

 ――2作目の「劇場」は「恋愛小説です」と謳(うた)われていますが、2作目に恋愛小説を持ってくるのは意図していたのですか。

 僕は、面白いものが書けたらいいなと思うだけで、設定をどうするか、何が一番自分が書きたいものか、書く理由というものがないと嫌やなと思うんです。戦略的に最初がこうやから2作目がこうとか、そんなこと考えられないので。あとは、(外から)そういうようなことを言ってくる人がいてもあまり受け入れられないというか、自分のやりたいことでしか集中できない。「これ(恋愛)で書け」といわれて、僕が恋愛に興味がなかったら「書けません」というタイプなので。

 それが、今回書きたいと思うものが恋愛しかないというか、「恋愛小説」とは分かりやすく言ってはいるんですけれど、いろんな要素が含まれているとは思いますし、今、書きたいのがこれで、紹介の仕方として恋愛の話と夢を追う上京の物語で、青春の物語でもあって。説明しにくいから「夢を追っている若者たちの恋愛の話」というのが紹介としてはいいんですかね。

 ――さまざまな要素が含まれていますが、ストレートに「恋愛小説」といわれることについてはご自身では納得してますか。

 読んだ人が恋愛小説というより、これはちょっと違う、恋愛もあったけれど、もうちょっと複合的な小説だったなという感想が多く返ってきているんですけれど、取っかかりは……複合的な小説ですというよりも恋愛小説という方がみんなワクワクして読めるのかなという気もしているので、あくまでも紹介(入り口)としてですね。

 ――前作よりも純文学的な印象でした。

 本当ですか? そういう純文学であろうとか、純文学でないものにしようみたいなことは、あまり考えなかったですね。書きたいと思うことは、ある程度最初にこういうことを突き詰めて自分がまだちゃんと理解できていない部分まで突っ込んで書けたらいいなって思っていたんですけれど。そこをどちらかというとより分かりやすくというか、言葉が難しくて分かりませんでしたということをなくして、書く内容を誰かに寄せることはなく、あくまで内容は僕が興味があることなんですけれど、伝え方というのは、できるだけみんなが読みやすいものになればいいかなと思って書いていたので、あまり純文学とかそういうことは意識していなかったんですけれど。

 ――恋愛小説という割には直接的な恋愛の描写はそんなに書かれていないんですが、性的な描写などはあえて避けたんでしょうか。

 僕個人として恋愛を振り返るときに、マナーの問題とかそういうのを抜きにして、誰かにこの恋愛、どうやった?というときに性的な話をせいへんかなという。そこが興味として重要にはならへんというか。僕が誰か友達の恋愛の話を聞いても、こんな恋愛があってというときに、性的な関係がどうやった?という質問はマナーとかではなくて興味としてしない。自分にあまり興味のないことは……興味がないというと語弊がありますね。文字数が限られている中で、どこをピックアップして書く、どこをピックアップして表現するかということにおいて、そこは重要ではない、書くべきか否かというよりかは、なんやったら考えもしなかった。

 例えば、永田はもしかしたらあの小説に書かれていない部分で、なんでこれ書かへんねんという、銀行強盗をつかまえているみたいな出来事があったとしても、それも書かない。それを書かへんのに、恋愛の上で性的な部分を書くか否かというのはそれほど重要な問題じゃない。というよりもむしろ、例えば性的にすごくどちらかに欠落があって、そういう合わへんかったみたいなことをもし僕が書くとするじゃないですか。その後のエピソードって純粋に伝わっていくのかなっていう疑問が生まれてくるというか。だからなくていいのかなと思いますけれど。

 もっというと、書いてないけど、書いているみたいな部分があって。出会ったときの2人の関係性と中盤と、そこからちょっとたった部分と最後の終盤の部分というのは2人の距離感が大分変わっていると思うんです。その間に2人のそういう関係がどういうふうに精神面だけでなくて性的な意味でも(変化しているか)、想像することがどうしても必要な人はその2人の距離を見ればある程度(性的な部分が)推測ができるのかなと。料理の小説を書くときに猟師さんが食物になる動物を殺すシーンを書くかどうかみたいな。「まあ、分かるやろ」ぐらいのことなので。

 *……「劇場」は3月7日発売の文芸誌「新潮」4月号(同)に初掲載された。4月号は緊急重版分を含めて文芸誌としては異例の5万部を発行したが、発売当日に売り切れる書店が続出し、重版分も数日で完売状態になったという。書籍は四六判208ページで1300円(税抜き)。

 <プロフィル>

 またよし・なおき 1980年6月2日、大阪府寝屋川市生まれ。幼少期から太宰治や芥川龍之介などの小説に親しんできた。99年、吉本興業のNSC東京校に入学。2003年、同期の綾部祐二さんと「ピース」を結成。15年7月、自身初の長編小説「火花」で第153回芥川賞を受賞。「火花」は売れない芸人の徳永が天才肌の先輩芸人・神谷と電撃的に出会い、弟子入りを申し込み、やがて頻繁に会うようになるが……という物語で、累計283万部(単行本253万部、文庫30万部)の大ベストセラーとなった。16年に動画配信サービス「Netflix」でドラマ化。板尾創路監督がメガホンをとり、菅田将暉さんと桐谷健太さんのダブル主演で映画化され、今年11月に公開予定。

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