水嶋ヒロ:既にベストセラー「KAGEROU」発売 話題の中身は?

15日に発売された水嶋ヒロこと齋藤智裕さんの「KAGEROU」(ポプラ社、四六判236ページ、1470円)
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15日に発売された水嶋ヒロこと齋藤智裕さんの「KAGEROU」(ポプラ社、四六判236ページ、1470円)

 映画「BECK」などに主演した水嶋ヒロさんが本名の齋藤智裕(さいとう・ともひろ)名義で執筆した初の小説「KAGEROU」が15日、全国の書店で発売された。水嶋さんは執筆活動を理由に所属事務所を9月に退社、「齋藤智」のペンネームで「第5回ポプラ社小説大賞」に応募し、見事大賞を受賞し、小説家デビューを決めた。発売された受賞作は、40歳のさえない中年男が人生に絶望し、飛び降り自殺をしようとするところから始まる「命の価値」がテーマの物語。既に書店からの発注で43万部を発行しており、ベストセラー作家へと華麗な転身を遂げた水嶋さんの発売までベールに包まれていた初小説の中身に迫る。(毎日新聞デジタル)

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 「何十万という人間がひしめきあって暮らすこの街で、誰もいなくて暗くて静かな“寂しい場所”を見つけるのは至難のワザだ」という書き出しで始まる小説は、会社でリストラに遭った40歳のヤスオが、独身で貯金も底をつき、飛び降り自殺をしようと、廃虚と化したデパートの屋上の金網を上りかけたときに、全身真っ黒にコーディネートした男に呼び止められるところから始まる。黒ずくめの男の話を聞くうちに自殺を思いとどまったヤスオは、ある協会に所属する男と契約し、捨てたはずの自分の人生を託すことにした。黒ずくめの男の目的とは? そして、その後、偶然出会った人たちによって、ヤスオの運命は思わぬ方向に転がっていく。

 8章仕立て240ページの小説は、水嶋さんがかねて「命」がテーマと公言している通り、「かげろう」のようにはかないと感じたヤスオの人生にも残っていた“確かなもの”を気づかせてくれる。それは「愛」だ。「KAGEROU」は、このように真っ当なテーマを真っ正面から分かりやすく表現しているにもかかわらず、会話を中心にした構成が巧みなため、読み手は照れる暇もなく、ストーリーに引き込まれていく。どんでん返しにも似たラストのエピソードも伏線がきちんと張られているため腑(ふ)に落ち、読後感はさわやかだ。

 また、俳優をしていただけあって、全体に映像が浮かびやすい文章でつづっている。もしドラマや映画にするなら……とキャストを考えながら読み進めるのも一興だ。ただし、水嶋さん本人は、現在配信されている雑誌「SWITCH」のiPhoneアプリ「Switch App」内のスペシャルインタビューで、「作家として書いた作品を俳優として演じることは、おそらくないと思います」と答えているため、残念ながら“自作自演”で俳優復帰という線は考えられないだろう。

 小説のテーマ「命の価値」について水嶋さんは同じく「Switch App」のインタビューで、「幼いころから命についてよく考えていた。大人になった今、幼いころの経験が今になって自分の中でふくれあがっていて、それを良質なメッセージとして自分の経験に基づいた言葉で発信していけたらなと思った」と、俳優になる以前から考えていたテーマだったと答えている。だが、「命」を扱った重いテーマながら、ヤスオの話し言葉にたまにオヤジギャグやだじゃれが交じるなど、軽妙さも含まれており、全体に親近感を感じる仕上がりになった。これが初めて書いた小説なのだから、バランスのとれた優れた作家が誕生したものだと感心する。

 水嶋さんは、大学在学中にモデル活動を開始し、06年に「仮面ライダーカブト」(テレビ朝日系)に主演。その後、07年に「花ざかりの君たちへ イケメン♂パラダイス」、09年に「メイちゃんの執事」や「MR.BRAIN」「東京DOGS」などヒットドラマに立て続けに出演。09年2月には歌手の絢香さんと結婚し、今年9月には主演映画「BECK」が公開されたが、同月、執筆活動を理由に所属する芸能事務所を退社していた。

 「ポプラ社小説大賞」は、同社が文芸書に本格的に力を入れていくにあたって、これまでにない賞を設け、意気込みを示したいとの考えから05年に創設。大賞は第1回を除いて該当なしだった。5回目となる今回は11~85歳まで1285作品が応募。水嶋さんの「KAGEROU」は、最終候補7作品から大賞に選ばれた。水嶋さんは「水嶋ヒロという名前を捨てた上で、応募に出していたので、純粋に作品が評価されたという事実を、何よりもうれしく思っています」と受賞の喜びを語った。水嶋さんは賞金 2000万円を辞退している。

 出版元のポプラ社によると、出荷日までの発行部数は累計で4刷43万部。「もちろん重版も視野に入れている」(同社宣伝広報部)というから、どこまで部数を伸ばすのか、また次作の構想はあるのかなど、「作家・水嶋ヒロ」の今後が気になる。(毎日新聞デジタル)

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