映像の世紀:第二次世界大戦の記録映像を高精細化 「8K映像の新しい可能性見出した」 制作者インタビュー

「映像の世紀 高精細スペシャル『ヨーロッパ 2077日の地獄』」の第一部から。前線に立つヒトラー=NHK提供
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「映像の世紀 高精細スペシャル『ヨーロッパ 2077日の地獄』」の第一部から。前線に立つヒトラー=NHK提供

 第二次世界大戦の戦況を各国が撮っていた記録映像を、NHKが8Kなどに高精細化し、カラー化した映像で見せるNHK「映像の世紀 高精細スペシャル『ヨーロッパ 2077日の地獄』」(NHK総合で7月21日、7月28日、8月4日午後10時。7月21日の第一部は7月31日午後11時50分から再放送)が話題になっている。

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 カラーの映像が細部まで鮮明になったことで、映っている一人一人の表情まではっきり読み取れるように。戦況の悪化とともに進行するヒトラーの「衰え」や、戦場で動揺する無名兵士の息遣いまで昨日のことのように伝わってくる。番組の狙いについて、統括する寺園慎一プロデューサー(66)と、第1部と第2部を担当した岩田真治エグゼクティブ・ディレクター(58)に話を聞いた。

 第二次世界大戦は、映画製作で使用される高解像度の35ミリフィルムを用い、各国がプロパガンダ用に記録していた。これまでは35ミリフィルムのオリジナル映像からコピーを繰り返し劣化した映像を番組で使っていたが、今回はドイツのブンデスアーカイブや米国国立公文書館などに保管されているオリジナル映像約50時間を、8Kなどの超高精細映像に直接変換した。この映像を基にNHK総合用の2K番組を作っているため、従来より細部まで鮮明な美しい映像で見ることができるという。

 番組は、1939〜45年の第二次世界大戦を3部構成で取り上げる。7月21日(7月31日に再放送)の「第一部 ドイツ国民は共犯者となった 1939ー1940」は、第二次世界大戦の開戦から1年あまりでポーランド、フランスなどに勝利するドイツの快進撃を追体験する内容だった。

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 7月28日の「第二部 独ソ戦 悲劇のウクライナ 1941ー1943」は、戦争状態となったドイツとソ連のはざまで戦場となり、国土が二度も焦土となったウクライナの悲劇を描く。8月4日の「第三部 国民を道連れにした独裁者 1944ー1945」は、停戦のタイミングを逃し、ドイツ国民を道連れに崩壊への道を突き進むヒトラーの様子を映像でまとめた。

 ◇関東大震災で高精細化、カラー化 見過ごしていたものが浮かび上がる

 今回の番組の源流は、関東大震災から100年に当たる2023年9月に放送されたNHKスペシャル「映像記録 関東大震災 帝都壊滅の三日間」だ。震災当時に撮影された約20分の35ミリフィルムの映像を高精細化、カラー化したことで、住民の避難行動の一端が明らかになり、反響を呼んだ。寺園プロデューサーはこのNHKスペシャルを担当していた。

 「高精細化したことで人々の表情がくっきりして、読み取れるようになった。被災者たちがニコニコしてるんです。火が近くまで迫っているはずなのに、情報がないから、恐怖を感じていない様子が映っていた。8K映像はこれまで自然番組などで、きれいなものをきれいに見せる手法として活用されてきましたが、それだけではない。記録されながら見過ごされていたものが高精細化されることで浮かび上がってくる。8K映像の新しい可能性を見出したように感じた」と寺園プロデューサーは話す。

 今回は、この手法を第二次世界大戦の映像に応用。各国が戦争の正当性を主張するために撮った記録映像の中に、プロパガンダの意図を超え、はからずも映り込んでしまった「都合の悪いこと」などを掘り起こそうと試みた。

 たとえば、第一部に登場した、ドイツがポーランドへの攻撃を正当化するために製作したニュース映像。ポーランドのドイツ系住民が迫害されているとして、女性が証言しているが、すぐ後ろの若者は笑みを浮かべていることが映像を拡大するとわかる。また、フランスに勝利し、ベルリンに凱旋するヒトラーをひそかに愛人エバ・ブラウンが撮影していると思われる様子も高精細映像で確認できたとする。エバのプライベートフィルムに凱旋の模様が映っているのは知られているが、エバがベルリンにいることはありえないとされ、撮影者はエバ自身ではないとする説もあった。

 第二部では、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスの演説の映像を取り上げる。完璧に演出されたプロパガンダ映像のお手本のような映像と考えられているが、演説に熱狂する群衆の中に戸惑いの表情を見せ、周りの様子をうかがう人の姿もちらほら確認できる。聞いていたすべての人が熱狂していたわけではないのだ。

 ◇ヒトラーの「衰え」 映像ではっきり裏付け

 また三部作を通じて、ヒトラーが次第に衰えていく様子が映像ではっきりと確認できるのも見どころ。老眼鏡を手に持つ姿のほか、手の震えなどは誰の目にも明らか。これまでヒトラーの衰えは研究書で指摘され、手の震えはパーキンソン病の可能性がささやかれてきたが、映像でよりはっきり裏付けられた。

 カラー化は、今を生きる視聴者も当時の映像になじみやすくするのに大きな効果を発揮している。色づけは、正確を期すため、専門家のアドバイスや、文献などを基にした考証結果を反映させ、ほとんどを人の手で進めた。背景など一部のみ、NHK放送技術研究所が開発したAIを使用している。

 「関東大震災の番組の時に、カラー化で100年前に逃げ惑う人たちが同じ東京に住む近しい人として私は感じた。視聴者には単なる歴史的な出来事ではない、今の世界と地続きのことと感じてほしい。たとえばノルマンディーの戦いにのぞむ兵士の恐怖。身近な存在に思ってもらえればいいなと思っている」と寺園プロデューサー。

 岩田エグゼクティブ・ディレクターは放送中の「映像の世紀バタフライエフェクト」(NHK総合・月曜午後10時)で、敗戦直後のベルリンを描く「ベルリン 戦後ゼロ年」(23年4月)や、「ヒトラーVSチャップリン 終わりなき闘い」(22年6月)など、数々の番組を作ってきたベテランだ。

 「映像の世紀バタフライエフェクト」の制作期間は1本当たり約5~6カ月間だが、今回は1年以上をかけた。各国に保管されている記録映像に目を通し、高精細化する映像を選定。8Kなどに変換した後、複数の人間で全ての映像を繰り返し繰り返しチェックし、気になる点を見つけた上で、専門家に相談。番組の構成を固めていった。あまり経験のない、じっくり取り組んだ仕事になった。

 「それは取材そのものでした。映像が高精細になった分、こちらのレベルも上げていかないといけない。難しさもあるけれど、面白いですね。いつもはこの辺で取材している感じなのが、その先の取材(レベル)に行かないといけない感じ」と岩田エグゼクティブ・ディレクターは振り返る。「ディテールをしっかり見てもらって、僕たちが発見できなかったことまで視聴者には見つけてもらえたらうれしい。フェイク映像などが流通し、情報に対するリテラシーが求められる時代。歴史から学ぶことは多いと思う」

 今回、高精細化した映像は、権利の一部を買い取ったため、NHKの映像資産として半永久的に番組で使用することができるという。他の番組などでも生かされることになりそうだ。年内には、じっくりと素材を見せる形で4回の番組に新たに編集し、8Kと4Kでの放送も目指しているという。(文・佐々本浩材/MANTAN)

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