唐沢寿明:「イン・ザ・ヒーロー」で夢を追う熱血漢演じる「自分が経験したことが詰まっている」

1 / 8

 俳優の唐沢寿明さんが主演を務める「イン・ザ・ヒーロー」(武正晴監督)が全国で公開中だ。アクション映画や特撮ヒーローものを支えるスーツアクターの物語で、満身創痍(そうい)で日々、仕事に取り組む大ベテランの本城渉(唐沢さん)の姿を通して、知られざるその存在について、アクションや人間ドラマを交えながら描いている。自身も実際に16歳の頃から4~5年間、スーツアクターの仕事をしていたという、主人公の本城役を演じた唐沢さんに、スーツアクターの仕事やアクションなどについて話を聞いた。

ウナギノボリ

 ◇自身の役者人生が主人公と重なる

 主人公の本城はスーツアクター歴25年という大ベテランで、実直な仕事ぶりから周囲の信頼は厚いものの、顔を出してアクションスターになるという夢はなかなかかなわないでいる。「撮影所に行けば、本城のような人はいっぱいいる」と本城の印象を語る唐沢さんは、「当時、まだ俺が(スーツアクターを)やっていた頃の人が、まだ現役でやっていたもん」と言って笑う。今作の台本を読んだ際には、「俺の話じゃないかなとは確かに思った」と言い、「スーツアクターだったらみんなこんな感じ。生活パターンなども同じだね」と話す。

 スーツアクターは欠かせない存在とはいえ、観客に顔を知られることはない。いつか自分の顔と名前を出して映画出演をしたいと夢見る本城と同じく、唐沢さん自身も当時は「顔出すこと」が夢だったという。しかし、夢を実現するためにモチベーションを保ち続けることは簡単ではなく、「オーディションは落ちまくっていました。戦争映画のオーディションでバック転をやって、監督から『そういうのはいらない』と言われたこともある(笑い)」と明かし、「でも、役名がないようなチョイ役でもいいから、せりふがある役をやるまでは役者をやめられないと決めていた」と力を込める。「意地だよね」と感慨深げに話す唐沢さんにとって、スーツアクター当時の目標を聞くと「道で人とすれ違った時に『あの人見たことあるけど俳優じゃない?』と言われることが最高の目標だった」という。

 いくつものオーディションに落ちながらも、目標達成のために「なんでも一生懸命やる」ことを心掛けていた唐沢さん。「例えば、ショッカー役をやっていても、きっと手を抜いてもいい。ショッカーなんて見たことないから、ショッカーの動きといわれてもよく分からない(笑い)。でも自分なりに一生懸命にやると、『唐沢ってなかなか体が動くな』と思われ、また次に呼んでもらえるようになったりする。一つ一つのことを大切にやっていけば、誰かが見てくれていて次につなげてくれるのです」と熱い口調で語る。

 ◇仕事に対する攻めの姿勢はいつも忘れない

 今作への出演に「最初はちょっと迷いました」と言い、「ある程度は(アクションを)吹き替えなしで、自分でやらないといけないでしょ(笑い)。そうじゃなかったら経験者の意味がない。全部吹き替えだったら俺じゃなくてもいいよね(笑い)」と冗談交じりに話す。続けて、「うちのスタッフとかに、俺が『今さらこういうことやるのを見たいか』と聞いたら、『見てみたいです』と。見てみたいんだ……と思って、じゃあ、やってみるかと」と出演を決断した要因の一端を明かし、「俺が自分で『こうだ』と言うより、周りの人の意見の方が正しいと思うから、あまり自分で(仕事を)選ばない」のだという。「ショーパブでバイトしたりこともあるから、仕事があればなんでもやります」と理由を話し、「CMやドラマで変なことをやることになってもなんとも思わない。文句をつけたこともないし、なんでも精いっぱいやる。あの頃があったからこそ、思い切りできるというのもある」と仕事への全力投球のスタンスを打ち明ける。

 数多くの作品で主役を務めるまでの役者となった今でも、「気持ちはこっち(スーツアクター)側。だからどんな役でも嫌がらずに精いっぱいやりますよ」と言い切るほど攻めの姿勢は変わらない。そうした姿勢を裏付けるエピソードとして、竹野内豊さんが主演した「太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−」(2011年公開)出演時には、「役作りでマッチョのスキンヘッドにしちゃいました。外国人が見たらそういう人物も当時いたかもしれないと思ってね」とちゃめっ気たっぷりに振り返る。

 映画ではあきらめずに夢に向かっていく男たちもいれば、反対にかなわない夢もあるとあきらめてしまう人も登場する。「この仕事をやってきて、『かなわない夢もある』と言ってやめる人を山ほど見てきた」と感慨に浸る唐沢さん。「何かをやめる時、人は必ず何らかの理由を作るわけだけど、それが“いいわけ”になる時がある」といい、「それはすべて『あなたの夢は何?』『そのための能力や資質はある?』という疑問に返っていく」と持論を展開。そして、おもむろに「昔、渋谷でラーメンを食べながら相談を受けたことがあって、その人が『もう俺やめる。スターになったって映画やテレビに出るだけじゃん』って……俺、噴き出しそうになったよ」と笑いを誘うも、俳優という仕事に挑戦するあらゆる人々の思いを背負っているかのような真摯(しんし)な表情を見せる。

 ◇当時の仲間が駆けつけ撮影に協力

 いい作品を作るために常に“全力投球”の姿勢を見せる唐沢さんだが、クライマックスでは100人を相手に壮絶なアクションシーンに挑戦した。撮影ではスーツアクター時代の仲間たちが駆けつけてくれたそうで、「昔、一緒にやっていた仲間が協力してくれて、殺陣をつけてくれたりした。(スーツアクター時代は)いい思い出がいっぱいあるし、いい仲間とも出会え、ありがたいと思います」と感謝する。「こんな人まで来てくれるんだというような人も来てくれたりして、久しぶりに会ってご飯を食べたりしました」と旧知の仲間との再会をうれしそうに振り返る。

 共演している事務所の後輩で、新人俳優・一之瀬リョウ役を演じる福士蒼太さんについて、「彼がどう考えているかは分からないけど、先輩の演技や立ち居振る舞いを見て、自分も次に生かそうと思ってもらえたらいい」とメッセージを送るも、「でも彼は全部そろっているからね」と言い直して、笑いを誘う。「当時は顔出しで役をもらってせりふをしゃべるなんて夢だと思っていた」と唐沢さんは語り、「本当に運がよかったと思います。いろいろな人との出会いで助けられました」と役者人生をしみじみと振り返り、「自分が経験したことがそのまま詰まっている」と思い入れたっぷりに今作を評した。映画は6日から全国で公開中。

 <プロフィル>

 1963年6月3日生まれ、東京都出身。1980年に東映アクションクラブに所属し、「仮面ライダー」シリーズの「ライダーマン」にスーツアクターとして出演。以降、映画やドラマ、舞台にCMなどで幅広く活躍。主な出演作に「20世紀少年」全3部作(2008、09年)、「太平洋の奇跡−フォックスと呼ばれた男−」(11年)、「ステキな金縛り」(11年)などがある。また「トイ・ストーリー」(96年)シリーズでは主人公ウッディの声を務めているほか、ドラマでは「白い巨塔」(03~04年)、「ルーズヴェルト・ゲーム」(14年)をはじめ多数の主演作がある。著書に「ふたり」(幻冬舎刊)。

 (インタビュー・文・撮影:遠藤政樹)

写真を見る全 8 枚

映画 最新記事