人気作家、恩田陸さんの同名小説(幻冬舎文庫)を、女優の松岡茉優さん主演で映画化した「蜜蜂と遠雷」(石川慶監督)が公開中だ。今作で松岡さんは、かつて天才少女とうたわれながら、母の死をきっかけに表舞台から姿を消したピアニスト、栄伝亜夜(えいでん・あや)を演じる。その亜夜と、影響を与え合うピアニスト、高島明石を演じるのは、俳優の松坂桃李さんだ。初共演の2人に、互いの演技で感銘を受けた場面や、演じた役柄との相違点など映画にまつわる話と共に、10年後の未来像を聞いた。
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「バラエティー番組でお見受けするのとは違う、女優モードに入っている松岡さんを見られたのは、すごくよかったです(笑い)」と松坂さんが今作の撮影現場での松岡さんについて語れば、松岡さんは「松坂さんが、怒ることなんてあるのかなと思った」ほど「優しくて穏やかな方」だったことを明かす。
なんでも松岡さんは今回の現場では、亜夜という役の感情を維持することや、主役としての現場での立ち居振る舞いを意識するあまり、「かなり追い込まれていた」といい、他の出演者と話をすることがほとんどなかったという。そのため作品が完成し、取材を受ける段階になり、ようやく松坂さんに「撮影中、余裕がなくてすみませんでしたとお伝えしたら、(松坂さんは)『僕も、そういうことはありますよ』と言ってくださって。松坂さんのような方でも、作品の役から出られなくなることがあるのだなと思って、とっても安心しました」と打ち明ける。
映画「蜜蜂と遠雷」は、それぞれの決意を胸に秘めた若き4人のピアニストが国際ピアノコンクールに出場し、戦いの中で成長していく姿を描く。今作で松岡さんは、母の死をきっかけに表舞台から遠ざかっていたが、再起をかけてコンクールに挑む亜夜、松坂さんは今回のコンクールに年齢制限ぎりぎりで挑む、妻子がいる28歳のサラリーマンでピアニスト、明石を演じる。
それぞれに、演じた役に自身の性格を重ねてもらうと、松坂さんは、明石と自分との違いに「行動力」を挙げ、「年齢を重ねていくと、だんだん守りに入りがちになるので、あえて自分の音楽性をもう一度示したいとコンクールに出る明石の勇気は、年齢が近い自分からしても尊敬します」と話す。
一方、自身は周りや人の視線を気にしてしまうという松岡さんは、亜夜の周囲の空気を敏感に察知しながらも、それに感情を動かされない、「自分というものをきちんと持っている」ところに「憧れます」という。
互いの演技で感銘を受けたところを尋ねると、松坂さんが挙げたのは、松岡さんの「空間認識能力の高さ」。
例えば、明石の演奏を聴いた亜夜がそれに触発され、急にピアノを弾きたくなり、空いているピアノを探し回る場面がある。そのとき、「のぞいた部屋の先には何もないんですけど、あたかも(扉の先に)人がちゃんといるかのようなお芝居をする。しかも、監督と段取りをしたあと、すぐにそれをやってみせる姿を見ると、頭の回転が速いといいますか、そこはもう純粋に、すごいと思いました」とたたえる。
その言葉に「お褒めいただいてありがとうございます」と恐縮する松岡さんは、まさにそのシーンでの、松坂さんの「ギャップがある」演技が印象に残っているという。
「あそこは、(松坂さんと)顔を合わせた、ほとんど初めてくらいのシーンで、明石が、『ピアノ、ありますよ』と声を掛けてくれるんです。それは、困っている人を助けようという明石の優しい行動ではあるのですが、その一方で、昔から存在を知っている亜夜に対する野次馬的な気持ちもあったように思います。(明石には)そういう、真っすぐじゃない感情もあり、音でいったら“倍音”が存在しているような方なので、そういう二つ音が聞こえるような(松坂さんの)お芝居に、とてもひかれました」と語る。
今作での収穫を聞くと、松岡さんは「もちろん(主演)作品に対する責任や重みは常々感じていましたけど、それと同時に光栄で、自分の中で自信につながったので、大きな作品で主演をさせてもらったというこの経験こそが、収穫だったと思います」と話し、松坂さんは「皆さんと一緒にやれたということが、一番大きな収穫だと思います。俳優という仕事は、人との出会いによってもたらされるものが大きいので、僕にとっては本当に、いい財産になったと感じています」と答えた。
ところで、先日開催された今作の完成披露イベントで、事務所にかけあい休みを勝ち取ったと明かしていた松坂さん。今のところ休暇中の計画は「特にない」そうで、「ゆったり過ごしたいと思っています。本当にこの10年は怒涛(どとう)だったので」と語る。どこかへ旅行する予定は、「体力があったら行きたいですね(笑い)」と語るにとどめたが、スペインには「いずれは行きたいと思っている」という。
一方、松岡さんは、長い休みが取れたら、「世界遺産を見てみたい」そうで、別の作品で共演した俳優が世界遺産に詳しく、その話を聞いていたら、がぜん興味が湧いたという。「(訪れたら)人生観が変わるような場所もあるようなので、行ってみたいですね」と思いをはせていた。
そんな2人に10年後を想像してもらうと、まもなく31歳になる松坂さんは、41歳になった自分を、「結婚して、子供がいるかなというぐらいですかね」と想像する。仕事の面では「バランスのよい俳優になっていたいと思います。舞台や映画、ドラマ、偏りなく、ジャンルもまんべんなくやっていきたいと思います。それができる環境作り」に、今後の10年間を充てるつもりだ。
ちなみに、2009年、20歳で俳優デビューした松坂さんにとって20代は、「本当に怒涛のよう」で、「仕事の幅、作品の幅、役の幅を広げるための10年でした」と振り返る。「楽しかったですか」と聞くと、「楽しくはなかったですね」と苦笑交じりに明かすが、それでも、「“一瞬の楽しさ”はいくつかあった」そうで、その一つが、今年の日本アカデミー賞で最優秀助演男優賞を受けたときの、事務所のスタッフの反応だという。「受賞した瞬間の(スタッフの)動画を見せてもらったら、内輪の喜び方というんでしょうか(笑い)、それがすごくうれしくて」と顔をほころばせる。そして、「そのとき、いろんな人たちが喜ぶために俳優をやり続けたいと、心から思いました」と真摯(しんし)に語る。
一方、10年後は34歳になっている松岡さんは、「今、すごく通気性のいい仕事の仕方ができているなという日もあれば、今日はどうしてこんなにうまくいかないのだろうという日も多いので、そうしたムラをどんどん少なくして、上がり下がりの激しくない、穏やかな女性になっていたいです」と話す。そのためにも、「人との出会いを大切にして、今いる友達を大事にして、また、新しい友達も作り、尊敬する先輩方がたくさんいるので、その方々をお手本に精進していきたいと思っています」と前を向いていた。
(取材・文/りんたいこ)
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